脱・社畜は、真の休息から始まる

2022年1月8日積極的隠遁

会社への過剰適応は不幸を招く

転職や、早期リタイア、独立起業をするにも、お金が必要です。会社員がお金を稼ぐ手段について考えた時、真っ先に思いつくのが「残業」ではないでしょうか。しかし、残業をすればするほど、貴方はその会社に根付いてしまって、身動きがとれなくなります。

「残業なんて、やりたくてやってんじゃない」とか「やっても金にならないサービス残業だ」という声が聞こえてきそうですが、かく言う私も、昔は残業の鬼でした。

自分に任された仕事を「気の済むように」こなそうとしたら全く時間が足らないので、残業だけでなく早出までして仕事に取り組んでいました。おかげで多少は上司からの憶えが良くなりましたが、事ある毎に「これも頼むな!」と仕事を押しつけられるようになったのには閉口しました。

 

おバカな私は「ここまで仕事に励んでいるなら、自分の意見を無下には出来ないだろう」などと考えて、より発言力を得る為に残業に打ち込みました。しかし、頑張れば頑張る程に仕事の山は積み上がり、挙句の果てに他所では手に負えない問題児まで押しつけられしまいました。

結局、いくらもしない内に私の処理能力の限界を超えてしまったのですが、そうなった時の上司の手のひら返しの早さときたらもう・・・。ほんのちょっと前まで私の事を「未来の重役!」とか言って持ち上げていたクセに、急に「アイツは使えない!」とか言い出すんだもの。

その上司は、私をキチンと育てようとか、どれだけの仕事をこなせるかを見極めようとしていたのではなく、単に便利な奴としか思っていなかったのです。それで思い通りにならないと分かったら、自分の管理責任を問われる前に、トカゲの尻尾切りをしたという訳です。

 

知っている人も多いかと思いますが、日本社会には「物わかりの良い奴は徹底的にこき使って、潰れなかったら出世させてやる」みたいな考え方があります。でも、実際に出世して登り詰められるのは、己の保身を最優先に考える小悪党ばかりで、優秀で心正しい人達は途中で使い潰されています。

ですから、某ドクターXよろしく「残業、致しません!」とバッサリやって、自分の時間を確保する方が賢いのです。

そうして作った時間で自分の好きな事に取り組み、それを収益化する為の方法を勉強するのが、経済成長が終わった国の賢い社会人の在り方というものです。今現在、それが許されない環境に居ると思ったら、何が何でも逃げ出す必要があると思ってください。

 

自分なりに一生懸命に仕事を頑張っても終わらないなら、そこから先は会社の責任です。要は、人の使い方がなってないと言う事なのですから、そこを残業などでカバーしてしまったら、会社の方が成長しません。

ですから「残業しろよ!」と圧力をかけてくるような会社には未来なんか無いと考えて、とっとと去る準備をしなければならないのです。終身雇用が崩壊しつつある今、会社への忠誠心などは無用の長物となり果てたのです。

もし出世によって収入を上げたいのであれば、部下を使い潰しても心が痛まない無神経で薄汚れた小悪党になりましょう。仕事なんか部下にやらせれば良いですし、全責任を部下に押しつけてイザとなればトカゲの尻尾切りをすれば、余程の下手を打たない限り生き残れます。

 

数字さえ出していれば「上」は文句を言いません。と言うか、そこまで見てません。それに、どこまで出世しても、自分のやりたいようにはやれません。

社内の誰もが頭を垂れる重役様になったとしても、お客様やクライアントには逆らえませんし、偉くなればなるほどメディアが敵に回り引責辞任のリスクが生じます。

出世というものは、人としての全てを諦めて一枚の歯車に徹しつつ、部下のミスで足下をすくわれないように細心の注意を払わなければいけないものです。しかし、そうまでして出世した所で、本当に幸せになれるのでしょうか?

 

 

その価値観は、本当に自分のものか?

一流企業に就職しても一生安泰などという事はありませんし、どれだけ気をつけていても死ぬ時は死にます。稼ぐ手段も「雇われ」だけではありませんし、気になる「世間体」とやらも実際には殆ど意味がありません。なのに心と頭が固いまま、つまらない意地だけで生き抜いて、人として最も大切なものを失う人の、何と多い事か。

そもそも雇われの身分なのに、仕事に生き甲斐を求めるのが間違いなのです。社長でもない限り「私の会社」だとか「私の仕事」いう言葉が出てくる方がおかしいのです。そんなものに膨大な時間と労力を注ぎ込んでも、手元に残るのは迷惑料みたいなお金だけです。

実際、定年後に「退屈地獄」で苦しむ高齢者は多いそうです。仕事ばかりで趣味を持てなかったり、定年後の楽しみに取っておいたはいいけれど、視力の低下などの理由で出来なくなっていたという笑えない話もあります。私も元・企業戦士や仕事人間を散々見てきましたが、その末路は悲惨なものばかりでした。

 

心の底では「仕事以外に何も無いが、その仕事も全然楽しくない」と思っている会社員は多いものです。しかし、TVや新聞といったメディアから日々偏った情報を与えられたり、上司からのお説教や、社内での同調圧力によって、無理矢理にポジティブさを強制されているのが実情です。

早い話、それもマインドコントロールなのですよ。社会秩序なるものを維持するには、我々を本気で怒らせるような都合の悪い情報は遮断して、パンとサーカスで飼い慣らすのが一番ですからね。

ついでに社会的制裁をチラつかせて「ケンカ両成敗」とバッサリやれば、多少の不満があっても暴動にまでは発展しません。社会の上層部が求めているのは人心を抑圧する手段であって、問題解決能力では無いのです。世界レベルで見ると日本人は民度が高いと言われていますが、実際には受けているマインドコントロールの種類が違うだけで、それへの抵抗力は外国人と変わりません。

 

マインドコントロールへの抵抗力をつけたり、抵抗力を取り戻そうとするならば、まずは一旦、全てを白紙に戻さなければいけません。「私は騙されない!」と強がる人も居ますけど、それは疑心暗鬼に陥るだけの悪手です。

最も良い手段は隠遁生活に入る事ですが、流石にいきなりは無理なので、とりあえず一日中誰とも会わない「プチ引きこもりの日」作ってみましょう。それも出来そうに無いなら、お風呂でのリラクゼーションタイムや、坐禅瞑想の時間を作るようですね。または、自己と向き合う為のブログを作るのも良いですよ。あれも一つの冥想や、内観修行になり得ますので。

社会から隔絶された「独りの時間」を持つ事は、精神衛生上とても大切です。ゲームやマンガで架空の世界を楽しむのは、他人が作った世界観を共有するのと同じなので、この場合はお勧め出来ません。

 

精神的に疲れたら、誰だって遠くへ行きたくなるものです。そういった本能的な欲求を自覚する所から、自己への回帰が始まります。快楽やら義務感やらで自己の本心を偽っている内は、求道が始まる訳もなし。闇を見据えずして、光が分かる道理などありませんし、その逆もまた真なりです。

なので、まずは「本当の意味で」休みましょう。求道は努力や根性によって為されるものではなく、立ち止まり振り返る所から始まるものなのです。

 

2022年1月8日積極的隠遁

Posted by 清濁 思龍