釈迦世尊の場合

2020年5月28日無師独悟の先例

注)これは管理人の私見であって、学術的な観点からの話ではありません。

 

ゴータマ・シッダールタ氏

約二千五百年以上前に、今はネパールと呼ばれている地域にあった王国で、ゴータマ・シッダールタという人物が誕生しました。ゴータマ氏は王族の第一子で、後に王となる筈の人物でした。

彼は当時の最高学問を修め、最高レベルの贅沢を味わいながら暮らしていたものと思われます。しかし、ゴータマ氏は成長するにつれて、老・病・死の苦しみや、遅かれ早かれ何もかも、全ては失われてしまうという厳然たる事実を恐れる様になっていきます。

 

もし、ゴータマ氏が享楽的な人物であったなら、悩みや苦しみを振り切る為に贅の限りを尽くし、より強い快楽と刺激を求める様になっていった事でしょう。

もし、ゴータマ氏が権力欲に取り憑かれていたなら、自分が死ぬ前に何かを成し遂げようと考えて、内政から侵略へと国の舵取りをしていたかも知れません。

しかし、繊細でロマンチックな性格であっただろうゴータマ氏は、そのどちらも選ばずに「永遠」や「無窮なるもの」を求めて、出家修行の旅に出てしまいます。

 

後に残された王国や、家臣や、妻子らは堪ったものではありません。実際、妻のヤショーダラーは憤怒のあまり、ゴータマ氏を呪います。でもまあ、王宮内はドロドロとした政治の舞台そのものですし、当然の如く跡目争い等もあった様なので、ゴータマ氏も色んな意味で限界が来ていたのでしょう。

 

必死に、何もならない事をする

当時の出家修行は、古代インドの宗教であるバラモン教を軸とした「苦行」が主流だったそうです。苦行とは、己自身を様々な方法でイジメ抜き、それによって心身の浄化を図ろうとする事を言います。ゴータマ氏は王宮でバラモン教を学んでいたらしく、まずは知っている事から真剣に取り組んでみようと思ったのかも知れません。

しかし、悲しいかな苦行なるものは迷信に過ぎず、どれだけ行を修めても何にもなりません。挙げ句の果てには、苦行僧の修行場である苦行林において、派閥争いが起きる始末。ゴータマ氏は、そんな苦行僧らに清浄さを認める事が出来なくなり、苦行林を離れて一人で修行を始めます。

その際、ゴータマ氏は「思いつく限りの事は全てやった」らしく、死ぬ程激しい苦行をしたと言う逸話が残っています。にもかかわらず、何も得られず、何も掴めない。心身共に清らかになったり、生きる苦しみが無くなったとは到底思えない。やがてゴータマ氏は苦行に見切りをつけて、ひたすら菩提樹の下で瞑想に耽る様になっていきます。

 

無上正等覚

瞑想に専念するあまり、ガリガリに痩せ細ったゴータマ氏。たまたま出会ったスジャータなる少女が、その姿を見かねて乳粥という食べ物を提供します。これを食べたら負けだと思って躊躇するゴータマ氏でしたが、既に苦行は捨てていると思い直して、ありがたく供物を頂く事にしたそうです。

牛乳で煮込んで甘く味付けした、贅沢で精のつく粥を頂いて体力を回復したゴータマ氏は、更に瞑想修行に打ち込みます。そして12月8日の早朝に、明けの明星(金星)を目にした事で、自己と世界との境界線が失われ、真の悟りを開いたと言い伝えられています。

この時、彼は「私が光る」と言ったとか、言わなかったとか・・・。

 

 


 

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2020年5月28日無師独悟の先例

Posted by 清濁 思龍