各種ハラスメント被害に遭った人との対談

2020年6月22日2020年対談

今週の動向

数年前にモラハラ上司から酷い扱いを受け、今もその事で苦しんでいる読者様と対談を行いました。この読者様は未だに働けるまで回復しておらず、当時の事を思い出すと胸がつかえて息苦しくなったり、全身の力が抜けて立てなくなったりするそうです。

病院での投薬治療やカウンセリングを受けても症状は改善せず、スピリチュアルに救いを求めたり、食事療法を試しても、殆ど効果が無かったそうです。現在は貯金を切り崩しながら療養生活を送っておられますが、まもなく貯金が底をつくという、かなり厳しい状況にある方です。

管理人が話を聞いてみた所、この読者様の両親は所謂「毒親」であり、その影響下から脱し切れていない所に原因があるようでした。対談の内容を全て書き出すと大変な長文になるので、話の大筋を損なわないよう管理人が編集しています。

 

 

以下、管理人=管  読者=読

読「・・・やはり親や元上司にされた事を思い出すとしんどくなるので、好きな事をして気を紛らわせています。」

管「まだ怒りや恨みを、親や元上司にぶつける事は出来ませんか?」

 

読「ノートに思い出した事を書いたりはしていますが、それではダメでしょうか?」

管「ぶつけるというのは、早い話、報復や復讐です。ストレスを与えてきた本人に、同じ量のストレスを投げ返すべく、具体的な行動を起こさないといけません。」

 

読「それは、ちょっと難しいです。」

管「ふざけんなと思う事があっても、殴り返すまでには至っていない。それではストレスが溜まる一方です。」

 

読「どうしても、そういう考えに至りません。・・・何故でしょう。」

管「最初にメールをくださった頃よりは快方に向かっているようなので、ひとまず、それは良かったと思います。」

 

読「確かに、復讐したいという気持ちは出て来ています。でも、行動に移そうとは思えません。」

管「それは、ご自身の負の感情を扱い慣れていないからだと思います。」

 

読「負の感情を持つ事は、誰の為にもならないと思っていますが・・・。」

管「怒っちゃダメ、恨んじゃダメ、やりかえしちゃダメと、ずっと自己を抑圧していたら、何時か必ず限界が来ます。」

 

読「しかし、忍耐によって成長する部分もあるのでは?」

管「私が知る限り、鞭打つ事で成長するものなどありません。故に、我慢を美徳と考えるのは間違いだと思っています。」

 

読「では、世の中で言われている事は、一体なんなのでしょうか?」

管「個人的には、物わかりの良い人を黙らせる為の方便か、単なるモラハラに過ぎないものと認識しています。」

 

読「そこまで言いますか・・・。」

管「酷い事をされたなら、酷い事をしてきた奴に怒らなければなりません。その為に怒りという感情があるのです。」

 

読「それはそうですけど・・・。」

管「感情が出るに任せるのは愚かな事ですが、怒りそのものは決して悪いものではありません。むしろ必要なものだからこそ、誰にも備わっていると考えるべきです。」

 

読「はあ・・・。」

管「悪いのは、人を怒らせる側に決まっています。でなければ、何の為にルールやマナーがあるのでしょうか。もちろん、他人を威嚇する為に怒ったり、他人の事は一方的に殴るけど、やり返されたら怒る人は最低です。」

 

読「他人に怒りをぶつける事は、悪い事だと思っていました。なので怒りは抑圧するか、自分自身に向ける事にしていました。」

管「怒りを抑圧する為に、自分で自分を叩いたり、髪の毛を引っ張ったりしていたと聞きましたが?」

 

読「はい、そうでもしないと頭がおかしくなりそうだったので・・・。」

管「際限なく攻撃されても笑っていられる人間など居ませんし、何処かでやり返さなければ舐められてしまいます。愚かな人間ほど攻撃的なものですし、慈悲や手加減を期待しても無駄です。」

 

読「周囲の人達も、みんな見て見ぬ振りをして、助けてくれませんでした・・・。」

管「ならば、みんな同罪ですよ。何もしない事で、一方的に振るわれる暴力を認めている事になりますから。」

 

読「外に行ったり、トイレで怒りおさめたり、何度も気持ちを切り替えようとしました。」

管「気持ちを切り替えるだけでは、やられっぱなしの現状は変わりません。その末にあるのは破滅です。」

 

読「でも、親や上司と言い争いなど、したくありません!」

管「人が自分の感情を抑圧をする時は、必ず問答無用で頭を押さえつけてくる奴が居るものです。有利なポジションに居るロクでも無いリーダーに従えば、人生など簡単に破壊されますよ。」

 

読「誰が相手でも、間違っていると思うなら逆らえと?」

管「イエスマンこそが正しいとでも?」

 

読「そんな・・・。人と戦うなど、恐ろしいです。」

管「経験が無いから、余計に恐ろしいのです。それに私は正面切って戦えとは言っていませんし、そんな蛮勇は必要ありません。」

 

読「戦い以外の解決法は無いのでしょうか?」

管「親や上司が悔い改めれば良いのですけど、それはまず無いかと。それに、ロクでなしは何処にでも居ます。そういう連中と出会う度に逃げていたら、そのうち居場所が無くなります。」

 

読「もう、生きていたくありません。あまりにも面倒ですし、辛いです。」

管「抑圧された感情は自分を傷つけ、やがて死を望むようになります。人の心は誰かに隷属するようには出来ていませんし、動物でさえ群れのボスが追い落とされたら殺そうとします。」

 

読「自分の人生は、自分で切り拓けと仰るのですか?」

管「怒りとは、自分を守るだけでなく、助ける為の感情でもあります。その怒りを抑圧して自分で自分を見殺しにしていれば、おかしくもなるでしょう。」

 

読「そう言われても、闘志が湧いてきません。」

管「自分の為に戦うのが、そんなに嫌ですか?」

 

読「闘志が湧いてこないんです。もう死にたい。」

管「死ねば戦わずに済むとでもお考えですか?」

 

読「どうしても自分を愛せませんし、誰かが私を愛してくれるとも思えません。況してや、愛せない自分の為に戦うなど・・・。」

管「なるほど、そこに辿り着きますか。ならば、愛する何かの為なら戦えると言う話になりますが?」

 

読「守りたいと思えるほど大事なものや、心から愛するものなどありません。」

管「ではまず、自分よりも大事なものや、愛すべき何かを探す事から始めてみましょう。」

 

読「何故、そうまでして私を戦わせたいのですか?」

管「戦わせたいのではなく、生存の為の戦いは避けられないというだけです。人間界は競争の社会ですし、競争から降りるには、その後の生活を支えるに足るだけのお金が必要になります。」

 

読「それは隠遁資金を貯めろという事ですか?」

管「ええ、それが私の出した答えですから。不浄な世への聖なる怒りは、人を崇高なるものに近づけます。崇高さを求める人の集団もありますが、人の動きは金の動きなので、いくらもしない内に俗化します。宗教団体や政治団体が良い例です。そういう所は、禅寺も大して変わらないと思います。」

 

読「私は、一人で生きていくしかないのでしょうか?」

管「遁世者同士でルームシェアをしたり、精神疾患を経験した人達が経営する農場で働くという手もありますよ。規模が大きくなると面倒も増えるので、キチンと話し合って上手くやらないといけませんが。」

 

読「色々考えてみます。ありがとうございました。」

管「情報収集なら、Twitterを活用すると良いでしょう。健闘を祈ります。」

 

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2020年6月22日2020年対談

Posted by 清濁 思龍