悟り系カルトに騙された人との対談 その3

2020年7月15日2020年対談

 

毒親持ちに、鬱病の既往歴、その上に覚者を自称する者に騙された経験がある読者様と、三度目の対談を行いました。対談の内容が良く、記事にして公開しても構わないとの了解を得た場合は、このような形で記事にする事があります。

 

 

以下、管理人=管  読者=読

管「おひさしぶりです。伊勢の菊理姫(以下、伊勢菊理)についての資料は持ってきていただけましたか?」

読「おひさしぶりです。資料の内容は、主に伊勢菊理のブログからの抜粋と、向禅師と禅道場を開催した時のものになります。」

 

管「では、拝見させていただきます。これを見ながら色々と質問をしていきますね。」

読「はい、わかりました。」

 

 

伊勢菊理が覚醒?するまでの経緯

管「・・・えーと、伊勢菊理は悟る前に小林正観氏のイベントに行ったり、阿部敏郎さんのトークライブに参加したり、瞑想の伝授を受けたりしていたのですか?」

読「はい。私と出会う前の話なので、詳しい事は分かりませんけど。」

 

管「その後、伊勢菊理は広島の宮島にある祠で真剣に祈り、私なるものは要らない、心身を全て捧げると誓ったと書いてありますね。」

読「賢者テラさんも同じような経験をされていたようで、とても共感する部分があったと言っていました。」

 

管「それで・・・その後に不思議な出会いがあり、その人を全身全霊で助けなければならなくなった。それでその時に神様が願いを叶えてくれて、神様が私を使ってくれているのだと思った・・・ですか。ふむふむ。」

読「テラさんの著書を読んで、目覚め・覚醒とはそのような事の後に起きるのかなと思った・・・と言っていました。」

 

管「うーん、私は放下着(ほうげじゃく)やサレンダー(降伏)とかには詳しくないのですが、ちょっと強引な解釈に思えますね。」

読「放下着、サレンダーって何ですか?」

 

管「執着心を断つという意味で、生きる為の戦いや努力を放棄したり、何もかも喜んで捨て去る事も悟りへの道だと説く人も居るんですよ。」

読「執着心を断つのは良い事では無いのですか?」

 

管「悪党がのさばる人間社会に属しながら、あらゆる執着心を断とうとすれば、容赦なくこき使われたり、何もかも奪われるのがオチです。それは自殺と同じですよ。この道を歩むなら、出家修行者になるか、隠遁生活に入ってからにするべきです。」

読「そうですか・・・。」

 

管「伊勢菊理は自らの体験から、全身全霊を神に差し出し、何もかも明け渡す事で自我の喪失が起きると考えていたようですね。」

読「確かに、あなたのものは実はあなたのものでは無い、お金も含めて全ては神のもの、大いなるものの為にある、みたいな事は良く言っていました。」

 

管「危ない考え方ですね。一つ間違うと、他人から奪う事に抵抗が無くなるような気がします。」

読「後で詳しくお話ししますけど、伊勢菊理は私のお金を遠慮なく使い込んでいました。」

 

管「何ですと?!」

読「お金には興味が無いけれど、ビジネスにはお金がかかると言っていました。知井道通さんがFXをやっていたと知って、伊勢菊理自身も活動資金を得る為にやろうとしたのですが、元手が少なすぎて出来なかったんです。その為にネットも繋いで準備までしていたのに。」

 

管「伊勢菊理はビジネスに力を入れていたんですか? でも、その割には見通しが甘い所がありますよね。」

読「ある化粧水と出会って、その販売に人生を賭けていました。でも、当時は覚醒のショックがまだ残っていたので単純作業しか出来ず、やむを得ず派遣で働いていたと言っていました。」

 

 

伊勢菊理の覚醒体験と、その内容

管「その覚醒のショックについて詳しく教えていただけますか?」

読「ガーンと頭を殴られたようなショックが続いて、落ち着くまでに一年ほどかかったと言っていました。その後も派遣先で使う機械と自分が一体になってしまうという体験もあったそうです。」

 

管「どういう時に、覚醒の体験が起きたのかは聞いていますか?」

読「伊勢菊理が阿部敏郎さんのイベントに参加した時に、その化粧水の開発者と出会って話をしたそうです。その開発者が話の流れで、世界は自分が作っているというような事を言ったそうです。その話が腑に落ちた瞬間、全部自分でやっていたと悟ったと聞きました。」

 

管「世界は自分が作っている、全部自分でやっていた・・・つまり、絶対無の悟りですか。」

読「そうです、絶対無です! 伊勢菊理のブログでは、宇宙すら何も無いとか、宇宙を突き抜けたと言っていました。私はその言葉に強く惹かれたんです。」

 

管「・・・あれ? 別の資料には、知井道通氏のツアーの準備をしている時に、全て幻想で自作自演だったと一瞬にして理解したと書いてありますよ?」

読「伊勢菊理の話には統合性が無いので、話を纏めたくても出来ないんです。悟っているからこそ、意図的にそうしていたのかなと思っていたのですが、どうも自分の事を深く知られたくないようでした。私にも実年齢を隠していたくらいですから。」

 

管「弟子に対しても真実を隠すとは。秘密主義の人だったんですかね。」

読「行く先々でトラブルを起こしていた人なので、その所為かと・・・。」

 

管「それはさておき・・・資料を読み込んでいくと、細かい矛盾が見えてきますね。例えば、絶対無と悟った筈なのに、意識が全てを作っているという話は理解できないと言ったりとか。」

読「それは矛盾した話なのですか?」

 

管「ややこしい話なので後で纏めて説明しますが、見落とす訳にはいかない重要な部分です。尤も、こういう話だけでは、悟りの真贋は判断出来ませんけどね。トータルで見ないと。」

読「伊勢菊理は、覚醒の瞬間から何もかもが曖昧になって、自分が何を話しているのかも分からなくなった、その後どうやって帰ったかも憶えていないとも言っていました。また、覚醒するという事は、生まれ変わる事で、全く新しい人間の誕生だとも言っていました。こういう話は重要ですか?」

 

管「そうですね。体験の詳細というか、本人しか知らない悟りの裏話みたいな部分で判断するので、重要です。」

読「そういえば、覚醒する前は職場や家族との関係が上手く行かなくて、人生に絶望していたと言っていました。それを何とかしたくてスピや悟り系のセミナーなどで散財し、借金を作ったとも聞きました。」

 

管「悟りの前段階に、苦しみと絶望から真実を渇望するという過程があるんですよ。覚醒前の伊勢菊理も、それなりに苦しんでいたみたいですね。」

読「派遣は人間関係のトラブルの所為で続けられなくなりましたが、それと並行して化粧水の販売もしていたそうです。伊勢菊理は、化粧水ビジネスを大きくする為の資金が欲しかったんです。そしてこれらの出来事もまた、神の采配だと言っていました。」

 

管「神の采配ですか?」

読「派遣を辞めた後、パートタイムの面接にも行ったそうです。でも、面接の最中に急に体調が悪くなって嘔吐したり、急に勤務先が倒産するなどの偶然が何度かあって、自分には化粧水の販売しかない、神の采配通りに生きるべきだと思うようになったと言っていました。」

 

管「うーん、そんな事を言ってたんですか。」

読「例えば、アトピーで悩んでいる方が、化粧水の力で治ったらどうなるのか? 病気の影響で抱え込んでいた悪い想念が消えたらどう変わるのか? 健康になったら本当にやりたい事をやれるようになって、それを極めていく内に、真の自分を知って覚醒が起こるのではないか? これが伊勢菊理の考え方でした。」

 

管「アトピーって、化粧水で治るものなんですか?」

読「薬事法の関係で化粧水として販売していただけで、実際には様々な怪我や病気に効く商品だったんです。元々私も健康や美容に関心があったものですから、伊勢菊理の考え方に共感してしまって・・・。」

 

管「ひょっとして、その化粧水が切っ掛けで、伊勢菊理と関わる事になったのでは?」

読「はい、そうです。」

 

 

伊勢菊理と読者様の関係

管「伊勢菊理との出会いについて、具体的に教えていただけますか?」

読「伊勢菊理のブログを読んで興味を持ち、メールのやり取りをしたり、向禅師の禅道場で合ったりするうちに、向こうからの連絡が増えて来たんです。最初は向こうが相談に乗ると言っていたのですが、次第に私が相談に乗る事が多くなっていきました。」

 

管「え? 自称覚者の相談に乗っていたのですか? 普通、逆でしょう?」

読「ただ風邪を引いただけなのに死んでしまうとか、同情を引くような事を言って来るんです。それも電話やメールで、一日に何度も。私自身、色々と辛い経験をしてきているので、ほっとけなかったんです。」

 

管「何か、人を絡め取ろうとする邪悪な意図を感じますね。ヤバいなぁ・・・。」

読「私の都合などお構いなしでメールや電話をして来るので、正直、辟易していました。でも、私の方にも色々と苦しい事情があったので、拒絶しきれなかったんです。それで押し切られる形で弟子にされてしまい、化粧水の販売を手伝う事になりました。知り合いの方には弟子とは言わず、押しかけ社員だと言っていました。」

 

管「押しかけ社員ですか? かなり事実と異なる事を言われているような・・・?」

読「これが伊勢菊理の常套手段なんです。複数の人格を演じて、人を騙して利用するんです。意図的に聞き間違えて人を責めたり、当たり前のように揚げ足を取ったりするんです。言質は取っていると言われて威圧された事もあります。でも、出会ったばかりの頃は、こんな人だとは知らなくて、混乱してしまって・・・。」

 

管「分かります。本当に邪悪な人間と出会うと、あまりにぶっ飛んだ思考について行けず、何も言葉が出て来なくなるものです。言い返すどころではありませんよ。私もそういう人間を三人ほど知っています。まあ、そのうちの一人は、私の父親ですけど。」

読「そうなんですか? それはそれで怖すぎです・・・。」

 

管「話を戻しましょう。弟子として扱われるようになってからの話をお聞かせください。」

読「伊勢菊理は化粧水の販売の他に、知井道通さんの伊勢参拝ツアーを企画したり、伊勢に雲黒斎さんや賢者テラさんを呼んでイベントをしたり、やまがみてるおさんと一緒に悟りのワークをするなどのスピ系ビジネスも手掛けていました。私も彼らのブログを読んでいたので、伊勢菊理がそういう人達と話をしたり、コラボイベントをしたりするのは流石だと思いました。」

 

管「向禅師の今ここ禅道場in二見の主催をしたのも、伊勢菊理ですよね。」

読「私はイベントで人を集めて化粧水を売る為だったと考えていますが、伊勢菊理は決して本心を語らなかったので、向禅師とコラボをした理由は分かりません。イベント自体はいつも赤字でしたが、伊勢菊理はお金の為に動いている訳じゃないと言い張っていました。」

 

管「ふむ。」

読「化粧水を多くの人達に使ってもらって、一人でも多くの人に、悩みや、悪い想念から解放されて欲しい。その為に行動していると口癖のように言っていました。でも、思っていたほど売れなかったので、最後の方は販売に興味を失くしていました。」

 

管「化粧水ビジネスは失敗でしたか。それは仕方ないと思いますけど、神に使われていると主張したり、色々と手伝ってくれる弟子も居るのに、途中で興味を失くして投げ出すのは理解出来ません。そんなの、いい加減過ぎるでしょう。」

読「伊勢菊理は精神的に不安定な所があって、妙に飽きっぽかったり、つまらない事で怒り狂って全てを投げ出したり、物を壊したりするんです。突然、人が変わったかと思うと酷い暴言を吐いたり、時には暴力を振るう事もありました。」

 

管「本当に雑な人ですねぇ・・・。」

読「そうかと思えば、子供みたいな面を見せたり、親みたいになったり、友達になったり、人格がコロコロ入れ替わるんです。まるで多重人格みたいでした。でも、それは悟りの影響でそうなったものと思うようにしていました。当時は、人知を超えた所に居る人だから、と思うようにしていたんです。」

 

管「うーん・・・。」

読「本人も不安定さを自覚していましたが、悟って自我が無くなると、神としか言えない大いなるものに使われるのだと言っていました。私は伊勢菊理から何度も叩かれましたが、それを自分の意志でやっていないと言い張るんです。私だって手が痛いんだとか言って・・・。」

 

管「どういう理屈なんですか、それは。」

読「一族的に霊感が強いから仕方が無いと言っていました。確か、お姉さんもそうだとか。他にも、真理に迫ったような話を聞くとゾクゾクするとも言っていました。」

 

管「誰でも悟りによって脳内お花畑になる時期はありますし、他者が紡ぎ出す真理の言葉に激しく反応する事もあります。でも、神や何かから使役されたり、己の意志とは関係なく手足が勝手に動くという事はありません。ハッキリ言って、おかしいです。」

読「私もおかしいとは思っていたんです。でも、伊勢菊理は私を目覚めさせる為に、理不尽と分かっていながら強いショックを与えていると言っていました。私も化粧水の販売で人々の役に立ちたいという思いがあったものですから、酷い扱いだとは思いながらも弟子の立場に甘んじてしまいました。」

 

管「お気の毒ですが、そういう心理の事を合理化と言います。オウム信者達が、浅原彰晃の奇行を正当化していたのと何も変わりません。」

読「・・・私は宗教に騙されるタイプではないと思っていたので、ショックです。」

 

管「それと、悟って1年かそこらの人では、指導者など務まりません。悟りについて語るのと、他人を悟りに導くのとでは、難易度が全然違いますから。」

読「・・・伊勢菊理は、いつも自分の名前を隠したがっていました。ビジネス用の口座も他人名義のものでしたし、私が来てからは私の口座を使っていました。被害者ぶって色々な人達から資金援助を取り付けて、金融公庫などの公的な手段を使おうとしなかったんです!」

 

管「まさか、それは脱税の為ですか?」

読「そうです! 伊勢菊理は化粧水ビジネスの為に、私や資金援助をしてくださった方々を利用したんです。私を弟子にしたのも社員として扱いたくなかったからですし、会社としての届けも出してもいませんでした!」

 

管「雇用契約や、お給料はどうなっていたんですか?」

読「そんなものはありませんでした。最初に私が資金提供で100万円出したのですが、そのお金の使い道は教えてもらえませんでした。化粧水が売れたら収益を配分すると言われたので、それまで我慢するしかないと思って耐えました。でも、化粧水は売れなかったんです。」

 

管「お金を出すだけで終わってしまったんですね・・・。」

読「結局、資金が足らなくて私が働きに出たのですが、それでもお金が足らなくて、私が住んでいたアパートから出るしかなくなりました。その事を伊勢菊理に伝えると、伊勢菊理の一族が所有する旧家に連れていかれました。」

 

管「・・・。」

読「連れていかれたのは、もう人が住んでいない廃屋でした。キッチンやお風呂も使えなくて、掃除もされていない、物置同然の状態でした。でも、弟子なんだから師を支えるのは当たり前、居候しているのだからお金を出すのも当たり前、師の足を引っ張るような真似だけはするなと言われました。」

 

管「その扱いに対して、苦情や文句を言った事はありますか?」

読「もちろん色々言いましたが、その度に邪魔をするなと怒鳴られて暴力を振るわれました。どうなっても今よりはマシと思って逃げようとした事もありますが、既にお金は出し切っていましたし、親の制止を振り切って伊勢菊理の下に行ったので頼る事も出来ません。何処にも居場所が無くて、廃屋から出るに出られなくて、やがて自暴自棄的に、伊勢菊理に人生を捧げるしかないと思い込むようになりました。」

 

管「そんな・・・。」

読「伊勢菊理は、私の事を神が用意した駒だと言っていました。駒の打ち手である神と師は同一の存在で、師を裏切ったら駒に過ぎない弟子の人生は終わる、絶対に幸せになどなれないと脅されました。でも、周囲の人達には弟子の面倒を見てやってるとか、共同経営者だと言って、良い顔をするんです。」

 

管「・・・。」

読「私をアゴで使う様子を見て、伊勢菊理の人間性に疑問を感じる人は多かったです。中には私の為に注意してくれた人も居ましたが、伊勢菊理から酷くないよな?と同意を求められたので、つい頷いてしまいました。その後で、注意されたのは私の所為だという事で、メチャクチャに怒られました。」

 

管「・・・。」

読「例えビジネス上の話であっても、誰かに相談するような真似は許されませんでした。全てにおいて伊勢菊理の指示を仰がなくてはならなかったんです。でも、指示通りに行動しても役立たずと罵られたり、私にはもう行く所が無いと知っていながら縁を切るとか、縁を切った後は誰にも分からないように復讐してやると脅されたりしました。」

 

管「孤立化と情報の遮断は、洗脳のテクニックですよ。悪質です。」

読「伊勢菊理には、衝動的に何かに飛びつくクセがありました。でも、長期的な展望は無いんです。全ては神のものだからという思い込みだけがあって、ビジネスの才能は皆無でした。化粧水にしても全然売れていないのに、世界に届ける為に工場を作って人を雇えたらいいなとか言うんです。思いを心の中で育てる事が出来なくて、何でもその場で口にしてしまう人でした。」

 

管「そうですか・・・。」

読「いつも化粧水は神のもの、神の現れであり、伊勢菊理は神に使われているだけなのだと言っていました。連続して資金援助を受けられた事があって、その時はみんな私になりたがると言っていました。私はすっごく優しくて、すっごく頭が良いけど、すっごく冷酷な面もあるとも言っていました。」

 

管「病的としか言いようが無いですね。」

読「伊勢菊理には散財癖もあって、お金が無いのに毎日カフェに行き、一回の食事で凄い量を食べていました。私はそれも覚醒の影響で不安定になった心身を安定させるのに必要な事だと思ったんです。因みに、本人は石油でも飲めると言っていました。」

 

管「ハッタリです。悟ったって石油は飲めません。」

読「伊勢菊理は話術が巧みで、息を吐くように嘘を吐いていました。嘘を吐いて自分を大きく見せる事と、被害者ぶって助けなきゃと思わせるのだけは上手かったんです。それに私も騙されました。」

 

管「嘘吐きの正体に気付く事自体、なかなかに難しい事ですからね。況してや、その正体を暴いたり、対峙するとなると大事です。嘘吐きがその場しのぎの思い付きで行動すれば、いつか必ず行き詰ります。その時に他人を利用したり、身代わりして切り抜けようとするから厄介なんですよ。」

読「伊勢菊理は、借金だけを残してガンで亡くなりました。私は介護をして、最後を看取り、共同経営者の責任として借金を返済しました。大変でしたが、やり切りました。でも、私は心身ともにボロボロになりました。お金が無いのに働く事も出来ません。私は何の為に頑張ったのかと考えると泣けてきます。」

 

 

対談のまとめ

管「そろそろ話を纏めましょう。まず伊勢菊理が本物の覚者か否かの判断ですが、私は偽覚者と断定します。」

読「その理由を聞かせていただけますか?」

 

管「伊勢菊理は、世界は自分が作っている、全部自分でやっていた、宇宙すら何も無い、全て幻想で自作自演だと言っています。言葉自体は絶対無を表現する悟りの言葉なのですが、頻繁に悟り系スピリチュアルのイベントに参加していた人だという点を考慮する必要があります。」

読「ただの知ったかぶりだった、という事ですか?」

 

管「そこまでは言いませんが・・・何らかの理由で衝撃的な体験をしたり、不思議な体験をすると、その出来事を理解しようとして他の知識・情報と強引に結びつけて、勝手な勘違いや思い込みをしてしまうのが人の性(さが)です。そしてその傾向は、精神を病んでいたり、情緒的に未熟な人により多く見られます。」

読「伊勢菊理には幼稚な所があり、人間性にも問題がありました。」

 

管「精神世界には、坐禅瞑想で神秘体験をして悟りを開いたと短絡的に思い込み、カルト化した指導者が腐るほど居ますよ。伊勢菊理の場合は絶対無の悟りなので、絶対無の概念をどれだけ理解していたかが論点になります。しかし、既に故人なので、過去の資料を見て判断するしかありません。」

読「だから資料を持ってくるようにと仰ったのですね。」

 

管「最も参考になったのは、向禅師との対談です。音声の録音がありますし、文字起こしもしてあるので、とても助かりました。対談は全体的に向禅師のリードで進んでいますが、伊勢菊理はどうにか化粧水ビジネスの方向に持っていこうとしている為、微妙に話が噛み合っていません。」

読「伊勢菊理は、自分の方が境地が上だと言って、向禅師を見下していました。」

 

管「とんでもない! 伊勢菊理は向禅師が説く無垢の概念を理解出来ずに流していますし、絶対無と言う割には、何かを絶対視する傾向もあります。先ほどの意識が全てを作っているという話にしても、何かを絶対視している内は分からない話ですし、そもそも絶対無とは相対無の対義語に過ぎないものです。」

読「えっ!? 絶対無は真理では無いのですか?!」

 

管「此(これ)あれば彼がありという縁起説の通り、真理は迷いと共に生じるものであって、何物にも依らず独立単体で存在している訳ではありません。したがって、迷いが滅すれば真理もまた滅します。迷いや真理が生じる前の静寂こそが、悟りそのものであり涅槃なのです。」

読「・・・良く分かりません。」

 

管「理解出来たら大変ですよ。何せ、理解を越えた話なのですから。厳密には、理解する前の世界の話なのですけど。」

読「????」

 

管「それはさておき。絶対無を悟った場合の内面の変化についてですが、まず他の知識・情報と強引に結びつけて、勝手な勘違いや思い込みをする人間特有の悪癖が殆ど無くなります。この悪癖は肉体の認識能力に由来するものであり、悟るとその影響を受け難くなるのです。」

読「どういう事でしょうか?」

 

管「人体と意識の分離が起きるのですよ。我々は肉体を自分だと思い込んで自己同一化しているのですが、悟るとその呪縛が解けるのです。その結果として認知の歪みや囚われが少なくなり、智慧が現れてきます。言動に現れない悟りなど無価値です。」

読「・・・そうなんですね。」

 

管「人間は情緒的に成熟すると、強引な結び付けや思い込みをしなくなりますが、これは自己客観視と人生経験の産物であって、例えるなら認識能力の補正です。悟りは認識能力の無効・貫通による直知なので、本質的に違います。」

読「・・・そういうものなんですね。」

 

管「理解しようとせず、体に通すだけで良いですよ。むしろ、そうしてください。私の話を正しいと信じる必要もありません。これが私の話し方であって、こういう言い回しが好きなだけですから。」

読「そうですか・・・。」

 

管「絶対無の悟りを語る者は、割と居ます。そして道半ばの未熟者は、絶対無の悟りが真理そのものであるかのように語るのが常です。悟後の修行は円に例えられ、一周回って迷いも悟りも無い所に戻り、言葉では表現出来ない静寂に住するようになって、やっと一段落です。悟り終わって悟り無しです。」

読「はあ・・・。」

 

管「また、悟ったからと言って、いきなり人格が完成する訳ではありません。悟りの体験は本物であっても、人間としてはクズとしか言いようがない輩は普通に居ます。今後は覚者だからと言って、即座に信用するような真似は慎んでください。私も含めてね。」

読「はい。気を付けます。」

 

管「お話や資料を見る限りでは、伊勢菊理の言動には絶対無が現れていませんし、絶対無がもたらす大楽と自由についても言及していません。」

読「そういえば、伊勢菊理は悟って楽になったとは言っていないような・・・。」

 

管「百歩譲って本物の覚者だったとしても道半ばの未熟者ですし、人間的にも指導者の器ではありません。ビジネスの世界にしても、いい加減な事を平気で言う嘘吐きが生き残れるほど甘くは無い筈です。」

読「そうですね、本当にそう思います。」

 

管「悟りを経験した事の無い人には、他人が悟っているかの判断など出来ません。私からすれば、伊勢菊理は覚醒などしていない勘違いさんに過ぎませんけど、それをいくら説明した所で誰にも理解する事は出来ないでしょう。」

読「確かに、訳が分かりませんでした。」

 

管「悟りの真贋はさておいて、伊勢菊理は危険人物と考えて間違いありません。そして、世の中には多種多様な危険人物が犇めいています。今回の事は手痛い教訓として学び、二度と騙されないように気を付けてください。」

読「・・・はい。」

 

管「悟り系カルトは厄介な存在です。心理カウンセラー、脱カルトカウンセラー、スピリチュアルカウンセラー、霊能者、占い師、いずれの手にも負えません。もし、伊勢菊理があと一年でも長生きしていたら、あなたは骨までしゃぶり尽されて、再起不能になっていたかも知れません。」

読「本当にギリギリでした。・・・あの、一つ聞いてもよろしいですか?」

 

管「何でしょうか?」

読「伊勢菊理は亡くなる前に、凄まじい生への執着を見せました。これは悟っていなかった事の証明になりますか?」

 

管「それは死をどう捉えているかの話になりますね。絶対無の悟りだと、死への恐怖が残っていてもおかしく無いですけど、そういう所だけでは悟りの真贋は見分けられません。」

読「そうですか・・・。」

 

管「他に何かありますか?」

読「伊勢菊理は、自己正当化と、責任転嫁と、悪口だけの人でした。そうと分かってもまだ、私の中には伊勢菊理を本物の覚者だと思いたがっている部分があります。何故、あんな人物を信じてしまったのかと悔しくて、悲しくて、やり切れません。」

 

管「覚者=人格者のイメージがありますし、毒親持ちはどうしても脇が甘くなりますからね。でも、伊勢菊理はもう居ないし、借金も返済しているのですから、あなたの人生はこれからですよ。」

読「はい。頑張ります。ありがとうございました。」

 

 

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2020年7月15日2020年対談

Posted by 清濁 思龍