法隆寺参拝と図書館での読書

2020年神社仏閣巡り, 読書

今週の動向

梅雨が明けて夏本番となったので、関西に転居してから初めて図書館に行きました。管理人は奈良時代(6世紀半ば)の初期仏教(南都六宗)に関心を持ち始めており、その関連書籍を冷房の効いた部屋で読み漁りました。関西の神社仏閣関連の蔵書はハンパないので、勉強が捗ります。

奈良仏教は宗派と言うより学派に近く、まだ日本大乗仏教らしい様式が確立していません。私としては、当時の僧侶たちが経典を手掛かりに、色々と模索している所を想像するのが好きだったりします。因みに、仏像も木像や金属像ではなく、粘土製の塑像(そぞう)が多いのが特徴です。

日本最大の塑像は明日香村の岡寺(おかでら)にあり、斑鳩(いかるが)の聖徳宗・法隆寺には数多くの塑像が安置されています。中でも、五重塔内にある塔本四面具(とうほんしめんぐ)のような塑像群は、伝来元の中国大陸にも残っていないそうです。流石は世界最古の木造寺院です。

https://ideadragon.tumblr.com/post/625843871356715008/%E5%A5%88%E8%89%AF%E7%9C%8C%E6%B3%95%E9%9A%86%E5%AF%BA-%E4%B8%80%E6%9E%9A%E7%9B%AE-%E8%A5%BF%E9%99%A2%E4%BC%BD%E8%97%8D%E4%B8%AD%E9%96%80-%E4%BA%8C%E6%9E%9A%E7%9B%AE-%E4%BA%94%E9%87%8D%E5%A1%94-%E4%B8%89%E6%9E%9A%E7%9B%AE-%E5%BB%BB%E5%BB%8A-%E5%9B%9B%E6%9E%9A%E7%9B%AE-%E5%A4%A7%E5%AE%9D%E8%94%B5%E9%99%A2

 

 

また、8月15日の終戦記念日が近いので、靖国神社関連の本も何冊か読みました。靖国は後進たる我々の為に亡くなった勇敢な先祖達を祀る神社ですし、私の神社仏閣巡りの起点でもあるので、不勉強、無関心では居られません。

靖国神社や大東亜戦争と言えば、小林よしのり氏の戦争論三部作が有名です。この本を読めば、戦後教育という名のマインドコントロールを解除する事が出来ます。誇張抜きに、現代日本人の必読書と言える名著です。

 




 

 


戦争論三部作は既読でしたが、下の本は未読だったので図書館で借りて読みました。タイトル通り靖国神社に特化した内容だったので、とても勉強になりました。2014年の本なので、情報が古くなっている部分もありますが、そこを割引いても読んでおくべき本だと思います。

 

 

数人の仲間と共に戦後20年間も戦い続け、帰国後に「これは私達が命をかけて守ろうとした日本ではない」と言い残してブラジルに移住した、小野田少尉の著書も読みました。氏を単なる意地っ張りや勘違いの人と見る向きもありますが、私はそうは思いませんでした。

 

 

 

だから山谷はやめられねえ

コロナ禍の経済的打撃により、これから訪れるであろう企業の大量倒産、大量失業を乗り切るにはどうするべきか。その際にやるべき事と、やってはならない事とは何なのかを考えていく内に、社会の最底辺であるドヤ街での暮らしに興味を持ちました。

ドヤ街の「ドヤ」とは宿(ヤド)が転じたもので、大阪・西成北部のあいりん地区や、横浜・寿町、東京23区内の山谷(さんや)が日本三大ドヤ街として有名です。

ネットでドヤ街についての参考文献を調べると「だから山谷はやめられねえ」というタイトルの本がヒットしました。図書館の検索機でそのタイトルを調べてみると見事にヒットしたので、試しに読んでみました。

 

 

山谷とは、台東区の北部、東京・日本橋~栃木県・日光を結ぶ、日光街道沿いを指す古い地名です。現在でも台東区と荒川区の境に泪橋(なみだばし)という交差点がありますが、昔はここが江戸との境だったそうです。

また、山谷は江戸時代から安宿の多い場所で、近くには吉原の遊郭もありました。泪橋(なみだばし)の北には小塚原刑場(こづかはらけいじょう)があり、東には隅田川、南には浅草寺、西には寛永寺(上野公園)があります。

江戸城(皇居)から見て、山谷は鬼門(北東)に位置しており、裏鬼門(南西)には江戸城の鎮守・日枝神社があります。皇居内の吹上大宮御所の南に徳川家の菩提寺である増上寺の本堂があり、北西には英霊が鎮まる靖国神社があります。

 

ドヤ街は人の出入りが激しく人間関係が希薄であり、そこで暮らす日雇い人夫は仕事があれば働き、仕事が無ければ日々を気ままに過ごしていたそうです。社会の最底辺ではあるものの居心地は決して悪くなく、人によっては安住の地に成り得るのだとか。

尤も、現在の山谷は活気が無く、日雇い仕事の手配師も殆ど居ません。2020年の東京オリンピックを控えて古いドヤは解体され、新たに集合住宅や訪日外国人向けの簡易宿泊施設を建設しており、かつてのドヤ街らしさも失われつつあります。

高齢化した日雇い労働者達も、別のドヤに移住したり、都営住宅に入居する人が増えているそうです。でも、中には他所に馴染めず、山谷に戻ってきてしまう人も居るのだとか。

 

ドヤ街は、何らかの問題を抱えている社会的弱者や、不運な転落者が最後に行き着く場所であり、マイナス方向に振り切った魅力と浪漫がある場所です。私自身も発達障害の身である為か、どうにもドヤ街に惹きつけられてしまいます。

会社勤めの息苦しさを経験していれば、その日暮らしの自由気ままさや、炊き出しのタダ飯、現場を渡り歩く者に特有の希薄な人間関係に憧れるかも知れません。

しかし、社会の底辺に回ってくる仕事と言えば、危険が伴う単純作業くらいのものですし、一旦マイナス方向の魅力を味わうと、そこから抜け出す気力が湧かなくなります。何より、底辺に居る時間が長くなればなるほど、自分に自信が持てなくなっていくのがヤバいです。

 

注意しなければならないのは、ドヤ街の簡易宿泊所で暮らす事と、政府への届け出によって設置出来る福祉施設の無料低額宿泊所(無低)に入居する事は、全く違うという事です。無低は利権絡みで役所とズブズブの関係になり、質の悪い貧困ビジネスに手を染める所が多く、とても危険です。

酷い所になると、生活保護受給者に寝床と食事を与える代わりに、保護費を8割以上を持って行く所もあるようです。私が会社の新人だった頃にお世話になった元上司も、定年後に認知症で無低入りしてから行方不明になっています。

一方で、ドヤ街・山谷が生み出したものもあります。山谷は安全靴発祥の地ですし、ボクシング漫画のあしたのジョーも山谷が舞台です。コーヒーの世界的名店カフェ・バッハも山谷にありますし、最近は千円でベロベロに酔うというコンセプト「せんべろ」の聖地になりつつあるようです。

 

 

誰でも心身を病んで底辺に落ちる可能性はありますし、コロナ禍により飲食業や観光業で失業者が大量に出始めているとも聞きます。実際に生活に困窮してから情報や行き場を求めるのでは遅いので、予(あらかじ)め底辺で生き残る為の方法や、そこからの這い上がる手段を考えておくべきです。

這い上がり方を知っていれば「この会社を辞めたら人生終了、ならばいっそ死んだ方がマシだ」と考えて自殺する人も少しは減る筈です。立ち直る気力すら無くなるほど追い詰められるという話もありますが、それは入社と同時に逃走経路を確保しておけば良いだけです。

悟り系カルトに騙された読者様にしても、私が話を聞く限り、カルトを見限って逃げるタイミングはありました。でも、本人がその選択をしてはいけないと踏ん張ってしまったが為に、あともう少しで最悪の結果になる所でした。

 

かつて私は、ブラック企業の底辺部署に勤めていました。だからこそ、底辺には底辺なりの居心地の良さがある事も知っています。これも仕事だ金の為だと思考停止したり、無力感と堕落の快感に酔い痴れる事には、マゾヒスティックな快感と、奇妙な安心感があるのです。

生きる事に疲れて来ると、人生への諦めが解放感に変わります。しかし、そこに生き甲斐や充実感は欠片も無く、ひたすらに虚しいだけです。そこで気休めと暴力に走れば、安っぽいチンピラの一丁上がりです。

生きる為に会社勤めをするのは仕方の無い事ですが、好きな事で稼げるようになるという夢を持つのも大切です。特に夢など無いし、どうすれば良いのか分からないのであれば、まず手始めに一円でも良いからネットで稼いでみる事をお勧めします。

 

副業は独立起業への第一歩です。Wordpressでのブログや自サイトの開設はハードルが高いですが、楽天ROOMのようなSNSなら初期投資のリスクも無いので、気軽に始められます。私もROOMでお小遣いを稼いでいますし、読者様の中にもROOMで収益を出せるようになった方が居ます。

ROOMでやる事と言ったら、自分の好きな商品を好きなようにアピールする事だけですから、それこそ誰でも始められます。後は自分のアイディアだけで勝負するも良し、稼いでいる人から学ぶも良しです。

合う合わないはあると思いますが、とにかく行動してみましょう。

 

 

更新情報

下記リンク先の記事をリライトしました。コロナ第一波の影響でテレワークの認知が高まり、第二波が訪れた今こそ、この記事を見ていただきたいと思います。

ブログの開設と、収益を得る方法

 

2020年神社仏閣巡り, 読書

Posted by 清濁 思龍