熊野三山参拝と、腕輪念珠のカスタマイズ

2021年4月17日2020年神社仏閣巡り, グラウンディング

今週の動向

世界遺産であり国内屈指の霊場でもある、和歌山県の熊野三山に行ってきました。熊野古道・中辺路(なかへち)の起点である滝尻王子宮十郷神社(たきじりおうじぐうとうごうじんじゃ)→熊野本宮大社に参拝した後、川湯温泉の野営場で一泊しました。

翌日は速玉大社(はやたまたいしゃ)→神倉神社(かみくらじんじゃ)→那智大社(なちたいしゃ)→那智の滝(なちのたき)→花窟神社(はなの いわや じんじゃ)の順に参拝しました。

出来る事なら「呼ばれないと行けない」と噂の玉置神社にも行きたかったのですが、途中で力尽きてしまい、残念ながら今回は断念せざるを得ませんでした。

https://ideadragon.tumblr.com/post/635987140778573824/%E7%86%8A%E9%87%8E%E4%B8%89%E5%B1%B1%E5%8F%82%E8%A9%A3-%E4%B8%80%E6%9E%9A%E7%9B%AE-%E6%BB%9D%E5%B0%BB%E7%8E%8B%E5%AD%90%E5%AE%AE%E5%8D%81%E9%83%B7%E7%A5%9E%E7%A4%BE-%E4%BA%8C%E6%9E%9A%E7%9B%AE-%E7%86%8A%E9%87%8E%E6%9C%AC%E5%AE%AE%E5%A4%A7%E7%A4%BE-%E5%A4%A7%E9%B3%A5%E5%B1%85-%E4%B8%89%E6%9E%9A%E7%9B%AE-%E5%B7%9D%E6%B9%AF-%E9%87%8E%E5%96%B6%E5%A0%B4

 

 

熊野にはイザナミ命の埋葬地とされる花窟神社(はなの いわや じんじゃ)があり、熊野三山は吉野山・金峯山寺がある大峰山系に連なる修験道の聖地です。神倉神社のゴトビキ岩は熊野権現が最初に降臨したとされる場所であり、熊野信仰の拠点です。

修験道には「擬死再生」という考え方があり、常軌を逸した荒行や、厳しい自然の中で死を実感し、生まれ直して心身を清めようとします。修行の最終目標は「柱源(ちゅうげん・はしらもと)」の境涯を得る事で、その内容は仏教の悟りと等しいもののようです。

因みに、管理人が提唱する「見道(けんどう)」は、観察と思索によってエゴの正体を看破するのが最終目標なのですが、必然的に自我の崩壊と背中合わせの危険な道行になります。その道行に最後まで耐えられるように、先に自我の成熟と心身の鍛錬を行います。

 

どう考えても、どう工夫しても、本気の修行は「死」と向き合う形にしかなりませんし、それ以外の方法で真理・叡智に手が届く事もあり得ません。何故なら「生」に属する物事は、全てエゴにとって都合の良い妄想に過ぎないからです。

「生」の実感は「自分はまだ死なない」とか「まだ時間はある」などの妄想を生み出し、その妄想が酷くなると「まだ好きにやれる」→「世界は私の為にある」→「自分は不死身だ」などというとんでもない考えを持つに至ります。

肥大したエゴが生み出す狂気を打ち破れるのは「死」の実感だけです。だからこそ臨死体験や擬死再生の体験を経る事で人は変われる可能性があるのです。

 

しかし、日本社会には死を見つめさせようとしない同調圧力がある所為で、生の実感も無いまま何となく生きている人や、忙殺される事に慣れ切って休日に休む事さえ出来なくなっている人が大勢居ます。この手の人達は、坐禅・瞑想をしようにも全く出来ないという特徴があります。

実を言うと会社員時代の私も、その中の一人でした。20代の前半頃から、四六時中いつも思考が暴走するようになり、頭の中がうるさくて堪らない状態がずっと続いていました。この「思考癖」の原因は、理不尽かつ煩雑な職場内での人間関係でした。

40代の前半になっても思考癖が治らず、流石に病的だと思ったので一念発起して坐禅を始めたのですが、全くと言って良いほど坐れなくて困ってしまいました。私がマトモに坐禅が出来るようになったのは、退職して隠遁生活に入り、十分な休息をとった後からです。

 

私のキャンプ仲間の茶柱さんも、現在は坐禅・瞑想はおろか自己観察さえも殆ど出来ない状態です。しかし、キャンプ場で焚火を眺める事なら何時まででも出来ますし、とても心が落ち着くと言っています。

炎には心を落ち着かせる効果があり、古代ヨーガにはロウソクの炎を見つめるトラタカ冥想がありますし、最近では焚火ヒーリングなるものを行う施設や団体が出て来ているようです。

また、キャンプはサバイバルの訓練にもなる為、自力でテントを張って寝床を作り、火を熾して料理を作り、一晩過ごして撤収すると、不思議なほど「主体性」と「生きる自信」が身につきます。

 

キャンプに慣れない内は余計に疲れますが、何処にも出かけず一日中寝て過ごすのもまた疲れるものです。どうせ疲れるなら近くのキャンプ場か野外活動センター、または焚火OKな河原にでも出かける方が得るものは多い筈です。

キャンプは好きになれないという人は、神社仏閣に行ってロウソクや護摩の炎を見つめてきたり、修行に励む僧侶や山伏の姿を目に焼き付けてくるのも良いでしょう。

スピリチュアルで言うグラウンディングの技法にしても、炎を見つめたり、死と向き合ったり、命懸けで修行に励む先達の背中を見る事以上のテクニックは存在しないと断言しても良いほどです。だからこそ、当サイトではキャンプを「風飡水宿(ふうさんすいしゅく)」の行法と定義しているのです。

 

 

腕輪念珠のカスタマイズ

熊野三山に行く前に、コラントッテ社の腕用磁気ブレスレット「ループEN」をカスタムしました。これはコラントッテ社のサイトで限定販売されている商品で、私が購入したのはゴールデンオブシディアン(黒曜石)と、人工的に磁化したヘマタイト(バリウムフェライト)×4のタイプです。

 

 

これがカスタム後のブレスレットです。社名の入ったプレートを除去し、四神の青龍が彫刻された水晶玉と、テラヘルツ鉱石×2を加えました。現状では珠数が21個なので、何かを一つ加えて数珠と同じ22個に調整する事を考えています。

一般的なパワーストーンショップでもヘマタイトを購入する事は出来ますが、バリウムフェライトを販売している所は少ないようです。そういう意味では「ループEN」をカスタムベースにしたのは正解でした。

まだ何のエンチャントも施していないノーマル状態ですが、ここからどれだけのパワーを発するようになるか楽しみです。

 

 

後日、丹生川上神社の授与品である三連水晶を組み込んだ後、更なるエンチャントに成功しました。「氣」の感覚が分かる人は、絶対に驚くと思います。エンチャントの具体的な方法は書けませんが、中社の摂社本宮の御祭神は半端じゃないとだけ言っておきます。

 

 

「ループEN」はコラントッテ社のサイトでしか取り扱っていません。購入する場合は、こちらのリンクバナー先から会員登録をしてください。


 

 

参考までに、失われた初代の腕輪念珠の写真もUPしておきます。「氣」の感覚が分かる方は手をかざしてみてください。神仏にエンチャントをしてもらったパワーストーンは「氣」の質が変わります。また、目には見えない印をつけてもらえるようで、それ以降は個人認証の役割を果たすようになります。

 

 

更新情報

Twitterはどうしても好きになれないので、しばらくtumblrに力を注いでみます。tumblrは日本国内の利用者が少ないので集客力はありませんが、Twitterほど殺伐としていないので比較的安心して使えます。まあ、ネット上では油断禁物ですけどね。

個人的には、SNSやブログでの投げ銭機能の時代が到来して、それだけで生活出来る人が増えれば良いと思っています。

ただ、今どきネット上で自己主張が出来ないのはかなりマズいので、何らかの形で意思表示や自己表現をしていくべきだと思います。その場合、はてなブログやwordpress.comでブログを作るより、tumblrの方が良いかも知れません。

 

 

2021年4月17日2020年神社仏閣巡り, グラウンディング

Posted by 清濁 思龍