山辺道(やまのべのみち)と原点回帰

2021年神社仏閣巡り, 転迷開悟・見道


今週の動向

先週、奈良県の大神神社(おおみわじんじゃ)で行われた繞道祭(にょうどうさい)を見て、少々思う所があったので、また大神神社に行ってきました。

繞道祭は元日のAM1時に始まって、大きな松明の火と共に拝殿から神宝社→天皇社→日向社→大行事社→活日社→磐座社→狭井社→貴船社→桧原社→富士社→厳島社→神御前社→綱越社→若宮社→琴平社→御誕所社→久延彦社→祓戸社の摂末社18ヶ所を巡る神事です。

正確な巡拝ルートは分かりませんが、ゆっくり歩いても大体二時間前後で全ての摂末社に参拝できます。ただ、繞道祭は各神社で祝詞を奏上するので、更に時間がかかる筈です。伝統神事を守り続けるのは本当に大変ですね・・・。

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繞道祭の巡拝ルートには「山辺道(やまのべのみち)」と呼ばれる日本最古の道が含まれています。山辺道は大和川・海柘榴市(つばいち)から石上神宮まで伸びており、今でも散策コースとして残っています。

大和川には「仏教伝来の地」と記した石碑と看板があり、ここが大阪湾から大和川を遡って来た舟運の終着点であり、大和朝廷と他の国々との交易地だったと説明しています。

大和朝廷については現在でも解明されていない点が数多くあり、近くにある箸墓古墳が邪馬台国の女王・卑弥呼の墓だとする説もあるようです。

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私はこれまで古代日本史には無関心だったのですが、関西に引っ越してから飛鳥・奈良時代に創建された神社仏閣に参拝したり、大和朝廷(ヤマト王権)関連の古墳群を見て回るうちに興味を持つようになりました。

ヤマト王権の古墳時代は、自然崇拝の色が濃い古神道の時代でもあります。西暦552年に中国大陸を経由して伝来(公伝)した北伝・大乗仏教は、聖徳太子が国家体制に組み込み、次第に古神道と習合していきました。

神仏習合の時代は1000年以上続きましたが、1868年に大政奉還→王政復古の大号令→明治維新という政治体制の一大変化があり、同年4月に神仏判然令(分離令)が発されました。この政令は意図せず廃仏毀釈の運動を起こしてしまい、数多くの仏教系文化財が失われる事になります。

 

神仏分離のムーブメント自体は17世紀頃から始まっていますが、その最大の旗振り役が復古神道(ふっこしんとう)の平田篤胤(ひらた あつたね)です。彼の嫡孫や平田派の国学者は、明治維新で大きな役割を果たしました。

神仏分離令は神道を国教にする為の政令であり、復古神道の思想を色濃く受けた政令です。復古神道は儒教や仏教と習合する前の純粋な神道(古神道)に立ち返ろうとする思想であり、隆盛の背景には仏教寺院の強権化と僧侶の腐敗があったようです。

仏教や神道についてある程度まで学ぶと、神仏習合以前の原型の姿を知りたくなり、古神道や原始仏教に興味を持つようになっていきます。そして、習合以前と習合後を比較する事で理解を深め、自分なりの解釈を持つに至ります。

 

大抵の人はこのあたりで納得するのですが、更に高みを目指そうとする志(こころざし)のある人は、日常生活や社会の中で学んだ事を活かそうとします。しかし、なかなか世の中は思うようにはならないので、理想と現実は違うとか、信仰の道に人を救う力は無いなどと考えるようになります。

この手の挫折は学問や信仰への迷いを生じさせます。迷いを振り払いたいが為に、断定的で一方的な物の言い方をするカルト宗教に傾倒する人も出てくるので注意が必要です。同じ理由でスピリチュアルに関心を持っていた人がアンチ・スピに嵌ったりするのですが、本質的には同種の過ちです。

このような過ちを犯す最大の理由は、外界や他人に答えを求めているからです。先人に学ぶ事、即ちインプットは確かに重要ですが、そこに真理はありません。他人が真理を「表現」したものならいくらでも学べますが、真理「そのもの」を他人から学ぶ事は絶対に出来ないのです。

 

悪党は、心の迷いや、不安や、自立心の無さに付け込んできます。逆を言うと、そういった「弱味」を持たなければ、付け込まれる事も無いのです。こう言うと「私は騙されない」と意地を張る人が出てくるのですが、必要なのは意地や根性ではなく「自分の目で見極めたい」という知的好奇心です。

好奇心は根源的な欲求であり、真理探究の原動力となる「求道心」の元となる極めて重要な欲求です。求道心が無ければ悟りへの道は開かれず、死ぬまで誰かの言いなりになるか、欲望とエゴの赴くままに生きる事しか出来なくなります。

本質的には誰もが好奇心を持っている筈なのですが、生活環境が劣悪だと生存本能や生理的欲求を満たすだけで精一杯になり、好奇心を満たすどころではなくなってしまうのです。

 

原始仏教は出家修行者の為の宗教ですし、古神道も神域と常世を明確に分けています。それが何を意味するかは解釈が分かれますし、多種多様な解釈があって然るべきです。大切なのは、伝統や基本を受け継いでそれを守り、かつ形式に囚われず独自の境地を切り拓く事です。

日本の武道や芸能の世界には「守破離」という思想があります。元は茶道の千利休が詠んだ「規矩作法 守り尽くして 破るとも 離るるとても 本を忘るな」という道歌から引用された言葉ですが、この思想には人生全般に通じる普遍性があります。

そもそもインプットの量が少ないと守るべきものの全体像が分かりませんし、いくら頭の中に情報をインプットしても、それだけでは時代の変化には対応しきれません。

 

物事の本質を掴んでいなければ時代の変化に対応する事など到底不可能ですし、一旦、本質を掴んでしまえば必要以上に変化を恐れる事は無くなります。

悟りの見地から言うと、あらゆるものに本質や実体と呼べるものは無く「空(くう)」であり「無我」なのですが、人間の認識能力は本質や実体があるという前提で成り立っているので、まずは本質を見極めようとする必要があります。

ただ、どう見えようが無いものは無いので、仮に「これこそが本質だ」と思えるものを見出したとしても、それを絶対視する事は避けなければなりません。何故なら、何かを絶対視すると奇妙な安心感を得てしまい、それに執着して一歩も先に進もうとしなくなるからです。

 

極論すると、古い教えに真理は無く、新しい教えにも真理はありません。また、カルト宗教は教祖と信者の上下関係と相互依存によって成立するものなので、仮に正しい教えを説く宗教団体が存在していたとしても、その団体がカルト化する可能性は決してゼロではありません。

自分なりの答えを出したり、己が歩むべき道を求める為に、他人に教えを請うのは良い事です。しかし、学習の段階から一歩進んで、学んだ事の正しさを別の角度から見てみたり、実用に耐え得るかを確かめるのは、もっと良い事です。

教えそのものに価値があるのでは無く、教えを学ぶ事によって身に付く実力にこそ価値があるのです。答えに辿り着く実力を養う為に教えを請うならば、その学びは必ずや己が血肉となるでしょう。

 

 

更新情報

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