安倍文殊院、東大寺参拝と、旧ブログ・思竜庵について

2020年神社仏閣巡り, 発達障碍, 積極的隠遁

今週の動向

奈良県の安倍文殊院(あべのもんじゅいん)と、その近くにある御厨子観音(みずしかんのん)に参拝してきました。安倍文殊院は、奈良公園にある東大寺(とうだいじ)を本山とする華厳宗(けごんしゅう)の寺院(別格本山)で、かつて陰陽師の安倍晴明が修行した所と言われています。

安倍文殊院の創建は西暦645年で、当時は安倍山・崇敬寺(そうきょうじ)と言う日本最古クラスの大寺院でした。しかし、平安時代の末期に談山神社の前身である多武峰(とうのみね)妙楽寺の僧兵や、戦国時代の武将に焼き討ちにされるなどして、衰微の道を辿ります。

安倍文殊院のすぐ近くに、第22代清寧天皇の皇居の跡地と言われる御厨子神社(みずしじんじゃ)と、天香久山があります。藤原宮が出来るまでは天皇毎にそれぞれ皇居を建てていたので、天香久山の近辺には皇居の跡地と思われる場所が四ヵ所もあるんですよ。

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多武峰・妙楽寺や、奈良公園・東大寺の側にある興福寺は藤原氏が建立した寺であり、強力な僧兵集団を擁していました。しかし、妙楽寺と興福寺は仲が悪く、何度も武力衝突を繰り返しています。

と言うか、当時の興福寺は覇権を握ったイケイケの武闘派ヤクザみたいな存在で、妙楽寺だけでなく比叡山・延暦寺にもケンカを売っていますし、同じ敷地内にある東大寺とも険悪な関係だったようです。

今の奈良公園は野生の鹿が闊歩する観光地ですが、かつては藤原氏の領地であり、藤原氏の氏神を御祭神とする春日大社があり、律令政府の官寺・東大寺があり、宝蔵院流槍術の興福寺があるという、政治と暴力の中心みたいな場所だったんですねぇ・・・。

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個人的には古墳時代(ヤマト王権)や仏教公伝の飛鳥時代は好きなのですが、奈良時代と奈良仏教(南都六宗)はあまり好きではありません。しかし、この時代に本地垂迹説(神道の神々は仏の化身・権現とする考え方)が起こって神仏習合が始まったので、勉強しない訳にもいかないんですよ・・・。

別に日本だけに限った話ではありませんが、仏教の歴史は権力や政治と結びついて腐敗する事の繰り返しですし、度重なる戦乱で歴史的建造物や仏像の類もかなりの数が失われているので、勉強していると少々憂鬱な気分になってきます。

やはり観光や歴史の勉強をする為に神社仏閣に行くより、開運招福の祈願やパワースポット的な見方をした方が楽しいし、気が楽ですね。

 

日光東照宮のように、神仏習合+風水のパワーまで盛り込んだ特殊な所もありますが、基本的に神社と仏閣が持っているエネルギーは全然違います。もっと言うと、神社と古墳や古神道の磐座(いわくら)が持つエネルギーも微妙に違うんですよ。

単純にエネルギーだけを言うなら、今回参拝した場所の中では御厨子神社の磐座・月輪石が最も強力なパワースポットでした。清寧天皇の祭祀力がズバ抜けて優れていたのか、単に参拝者が少ないから荒れていないだけなのか分かりませんけど、とにかく凄かったです。

まあ、あまりヨイショすると物見遊山な参拝者が増えてしまうので、月輪石の事はナイショにしておいてください。それにパワースポットには相性があるので、みんながみんな私と同じような感想を持つとは限りませんし。

 

 

洞天福地を求めて

私が全国の聖地巡礼をしている理由の一つに、気功や座禅の効果を高める修行場所を探すという目的があります。因みに、中国仙道では龍穴などの強力な「氣場」を洞天福地(どうてんふくち)と呼んでいます。

仙人が洞天福地を自力で探し出し、定住して仙道修行に励む理由は、ここまでしないと不老不死という修行の目的を果たせないからです。

坐禅修行でも生死を超える事は出来ますが、仙道は肉体を持った個人そのままで不老不死を実現しようとします。洞天福地は、その高過ぎる目的を果たすのに必要不可欠な場所であり、風水は洞天福地を探す為の手段だったのです。

 

私は別に仙人になりたい訳ではありませんし、難解極まる風水という学問を修める気も無いのですが、洞天福地と呼べるような場所を探す事には興味があります。ありがたい事に、日本国内の良い「氣場」には高確率で神社か祠か古墳か磐座(いわくら)があるので、非常に探し易いです。

探し易い代わりに、定住可能な「氣場」は殆ど残っていません。なので、せめて簡単に通える場所に住みたいと思って、関西に移住したという経緯があります。因みに気功のガチ勢は、ゼロ地場で有名な分杭峠付近の土地を購入して道場を建てたりしています。

パワースポットとして有名になった神社仏閣は、御利益・御神徳目当ての参拝者の所為で「氣場」としては荒れ果てています。しかし、あまり知られていない山奥の磐座なら、まだ大丈夫です。

 

磐座の中には、過去に誰かが適当に注連縄をしただけの偽物もありますが、普段から気功などをして「氣」の感覚を磨いておけば、自分で見分けられるようになります。キャンプ仲間の茶柱さんも私の影響を受けて気功を始めましたが、早くも「氣」の感覚を掴み始めています。

「氣」のパワーを高めると体が強くなって病気をしなくなりますし、頭脳の働きが良くなって他人よりも仕事が出来るようになったり、潜在能力が開花して神仏や高次存在と交流する事が出来るようになったりもします。

とは言え、「氣」の世界は未だ科学のメスが届いていないオカルトな領域なので、胡散臭いものの代名詞として扱われているのが現状です。そしてオカルトな領域に手を出すのは、現在の社会や科学や医学では救われなかった、かつての私のような人達と相場が決まっているものです。

 

 

旧ブログ・思竜庵について

私が悟りの体験をしたのは25歳の時でしたが、悟った後も人生は続きます。自分自身の内面の問題は解決しても、社会との関わり方は分からないままですし、まだ自分が発達障害というハンディキャップを抱えている事も理解していませんでした。

悟ってハッピーだったのは最初の一年だけで、その後は質の悪い上司に生真面目さと発達由来のミスの多さに付け込まれて酷い目に遭わされた挙げ句、責任転嫁で左遷されてしまいました。おかげで仕事への情熱を失ってしまい、会社員としては死んだも同然になりました。

それでも私は気功をしながら悪党の心理分析をしていけば、いつか社会的強者になれると信じて踏ん張りました。しかし、左遷先でも障碍と良心に付け込まれてしまったので、結局ハンデのある人間が社会の底辺で生き残ろうとしたら、社畜か悪党の二択しか無いと考えるようになりました。

 

私には愚痴を聞いてくれる相手が居ないので、やむを得ず某巨大掲示板で恨み辛みを書き殴った事もあります。でも、暴言渦巻く掲示板に居場所を求めたら終わりだと思ったので、今度はseesaaブログを利用して当サイトの前身である旧ブログ・思竜庵を始めました。

開始当初はブログを長く続ける気は無くて、言いたい事を言ったらとっとと終わらせるつもりでした。でも、単なる愚痴ブログで終わらせるのはつまらないので、当時の私なりに全力を尽くして記事を書きました。

休み休みですが8年ほどブログを続けた所、段々仕事が忙しくなってきて記事書きをするだけの余力が無くなってきました。私としても書きたい事は全て書き尽したので、それ以降は紙のノートに日記を書くようになりました。

 

今週の始めにその日記を読み返してみたのですが、その内容の痛々しい事と言ったらもう・・・。

何と言いますか、まだ自分が発達障碍だと知らないので、努力と根性だけで苦境を乗り切ろうと必死になっている訳ですよ。

しかし、どうして障碍を抱えている人間が平凡かつ善良に生きるだけの事が、これほどまでに難しいのか。約一年間、仕事を辞めるという決断を下すまで書いた日記を要約すると、最近流行りのこの曲↓を地で行くような感じになります。

 

 

会社側は社員や管理者に対して、野生動物のような輩でも上手く扱う調教師や猛獣使いになる事を求めてきますが、運悪く「本物の猛獣」を部下に持つと、必ず潰れます。

何故なら、社会の仕組みが猛獣を隔離したり、排除する事を許さないからです。

ってか、何で生活費を稼ぎ出す為の会社勤めが、破綻した運ゲーみたいになるんだか。訳が分かりませんよ、本当に。

 

隠遁生活に入って数年経った今でも、悪夢の日々を終わらせるには会社を辞めるしかなかったと思っています。運と上司に恵まれれば生き残れたかも知れませんが、私の場合は運任せにしたら負けて死ぬのがオチでした。

まあ、生き残る為に悪党どもと戦って、何度も修羅場をくぐって経験を積んだからこそ茶柱さんを救えたというのもありますし、未練がましく会社員を続けて誰かを見殺しにするよりはマシだと思うしかないですね。

私自身の人生がこんな感じなので、気楽に生きる為のライフハック的な記事は書けません。精々「たった1ラウンド奪われただけで諦めるな。1ラウンド奪っただけで調子に乗るな。人生は死ぬまで分からない。常に先を見て、理不尽と孤独に耐えつつ、地道に努力するべし」としか言えませんね。

 

驕れる者は久しからず。今や平家や藤原氏は見る影も無く、僧兵は滅び去り、寺社の権勢は限定的です。私が見てきた限りでも、会社で好き勝手やっていたチンピラは40~50代で破滅するか、無駄に年だけ取った「無敵の人」に成り下がっています。

一人だけ、裏と表を上手く使い分けてヤクザ人生を全うし、誰からも一目置かれるようになっていましたが、下品さとガラの悪さはそのままだったので、私もああなりたいとは思いませんでした。

自らは手を下さず、全てを阿弥陀如来やお天道様に任せるのも一つの手ですが、それだと誰かの言いなりの社畜にしかなれません。畢竟、人生は戦いであり、どう戦うかが問題なのです。

 

 

更新情報

仙道と言えば高藤聡一郎先生です。帝財術は金儲けと仙道のトレーニングを兼ねた優れた体系ですし、将来、独立起業や隠遁生活に入る事を考えている人には必修のテクニックなので、一人でも多くの人に興味を持っていただきたいと思っています。

高藤聡一郎氏の「仙道帝財術入門」