元興寺、竹林寺参拝と、心ある道

2021年神社仏閣巡り, 心の純化

今週の動向

修験道の開祖・役小角(えんの おずぬ)や、行基菩薩(ぎょうき ぼさつ)の足跡を追っています。仏教公伝が552年(538年説もあり)で、空海が大陸の密教を公伝したのが806年。役小角や行基は、その中間の西暦600~700年代を生きた人物です。

管理人が注目しているのは、この時代の仏教僧侶や修験者の修行内容です。役小角が元興寺(がんごうじ)で孔雀明王法を伝授されたとか、行基が三蔵法師・玄奘の弟子である道昭(どうしょう)から「禅」を学んだという記録は残っていますが、実際にどういう事をしていたのかまでは分かりません。

個人的には、偉大な先人達が確固たる体系を完成する前の、手探りの部分に興味があるのですよ。

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別の日に、元興寺で修行した義淵(ぎえん)が開山し、その弟子である行基が一大伽藍を築いたという桃尾山・大親寺(ももおさん・だいしんじ)に行ってきました。道中にある桃尾の滝は修行者の禊の場であり、強力なパワースポットとして知られています。

空海が再興してから真言宗の道場になったという話があるので、その前に寺としての勢力が衰えた時期があったのかも知れません。また、明治政府の神仏分離令によって廃寺・断絶した時期もあるので、ここもなかなかに数奇な運命を辿った寺だと思いました。

本堂の隣にある不動堂には行基作の石仏があるとの事ですが、残念ながら見る事は叶わず。無念。

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行基は法相宗の僧侶ですが、奈良仏教(南都六宗)には今のような宗派は無く、部派や学派のようなものしかありませんでした。なので「宗」ではなく「衆」の文字が当てられていたそうです。つまり「法相衆の行基」みたいな感じでしょうか。

尤も、行基が亡くなり東大寺の大仏が完成した748年頃には、「宗」の字を当てがうようになっていたみたいですがね。

奈良時代の仏教は律令政府の管理下にあり、官僚たる僧侶が民衆に対して受戒や布教をする事は禁じられていました。しかし、行基はその禁を破って仏教を布教し、道昭から学んだ治水や建築の技術を活かして慈善事業(菩薩行)を行っています。

 

政府からすれば、遣唐使を出してようやく手に入れた仏教を許可もなく勝手にバラ撒いている訳ですから、放置する訳にはいきません。行基の活動は糾弾され弾圧を受けますが、彼の菩薩行によって救われた民衆が味方をします。

最終的に政府は行基が率いる新興勢力を認めて取り込み、東大寺の大仏建立に協力させます。行基の行動は後の僧侶は大仏が完成する前に亡くなりますが、後年、彼の影響を受けた僧侶が多数現れる事になります。

平安時代に遣唐使の最澄や空海が密教を広め、鎌倉時代になると最澄が開山した比叡山・延暦寺で修行した僧侶が独自の宗派を興して人気を博します。それとほぼ同時期に、修験道の基礎となる修行体系も固まりました。

 

 

型に嵌める

神道、仏教、修験道のいずれも、数多くの才能ある優秀な人達の手によって長い年月をかけて今の形になったのであって、ある日突然ポンと生まれ出たものではありません。そして、過去の歴史を辿って学ぶ事が出来るのは、記録を残す事の重要性を認識していた聡明な先人たちのおかげです。

もちろん、乱暴で自分勝手で愚かな先人も数多く居たので、決して失われてはならないものが失われてしまったり、決して残してはならないものが残ってしまった例もあります。

良いものにせよ悪いものにせよ地域に根付いて残った文化は、社会性のある人間を作る鋳型の役割を果たします。何の教育も受けていない精神は、言わば不定形です。その不定形な精神を社会性の鋳型に流し込み、社会人に相応しい「形」を与える事を教育と言います。

 

幼い頃に十分な教育を受けなかった者、または教育される事を拒否した者には社会性が無く、野生動物と同じ「力の論理」を価値判断の基準として生きていきます。

社会性の無い人間未満の存在は、野放図で破滅的な生き方をするか、際限なく甘える自堕落な生き方しか出来ません。何故なら、人間ならではの強烈な欲望と、動物には無い精神的な繊細さと、楽をするにはどうすれば良いかを考えるだけの知能を持っているからです。

社会性の無い人間は、必然的に同じ社会性の無い人間同士が集まる社会の底辺で生きる事になります。しかし、底辺には底辺なりの文化があり、その「形」に馴染めなければ容赦なく排除されてしまいます。

 

不良やヤクザ社会にも伝統的な文化があり、立場の強い者が立場の弱いものを調教する事を「型に嵌める(かたにはめる)」と言います。これは底辺ならではの教育方法で、主に暴力と暴言によってなされます。

この教育方法には相手への思いやりや尊重などは一切無く、立場の強い者の都合が良いように、弱い者を変形させる作業でしかありません。時に強者が優しさの片鱗を見せたり、多少の利益を与える事もありますが、それは「飴と鞭」による調教か、恩を売って倍にして返させる為にしている事です。

いわゆる毒親が作る機能不全家族の中でも、この手の調教作業が行われます。我が子を肉体的・精神的にブッ叩いて気に入るように成形し、その挙句、育ててやったと恩を売る訳です。何故こういう真似をするのかと言うと、それは過去に自分自身が強者に叩かれ、型に嵌められた悔しさがあるからです。

 

学校教育や会社の社員教育でも、教える側が人を型に嵌めるような悪い方法しか知らないと、個性の無い人形か、同じ思考回路を持つ金太郎飴のような人材しか残せません。そして人形や金太郎飴には、真っ当な人材育成など出来ません。

真っ当な教育と、型に嵌める事の違いが分からないのは、日本社会における宿痾(しゅくあ)みたいなものです。旧日本軍では教育係が「軍靴に足を合わせろ!」とか「命は薄紙一枚だ!」などと怒鳴り散らして人を型に嵌めようとしていましたが、これなどは残す価値の無い文化の代表と言えるでしょう。

流行りの中二病ソング「うっせぇわ」が全面的に否定しているのは、人を型に嵌める事を良しとする悪しき文化だと考えると分かり易いと思います。ただ、この歌は否定の先にあるものまでは示していませんし、しかも「問題はない」と開き直っているから白い目で見られている訳で・・・。

 

 

誰でも社会のルールやマナーが面倒だと感じる事はありますし、そういう時にワザと無作法な真似をするとカタルシスが得られるのも確かです。私も一人で居る時はズビズバと音を立ててパスタを啜ったり、晩酌の後に単布団に寝っ転がったりしますけど、これはこれで実に気分が良いものです。

囚われのなさ、自由とは楽しいものではありますが、それは破るべき型を知ってこそ楽しめるものです。アートの世界でもワザと調子を外したり、遊びを入れたりしますけど、それは真面目一本槍では面白味が無く退屈だからです。

でも、作法の下地が無い無作法は不快なだけであり、キチンと基本を押さえて技術を磨かなければ芸としては成立しません。

 

 

ローマは一日にしてならず。人間の基礎であり鋳型となる文化は、決して自分一代で作り上げられるようなものではありません。どんな天才でも全くゼロの状態からオリジナルを生み出すのは不可能であり、歴史や伝統の積み重ねは決して侮れるようなものでは無いのです。

しかし、伝統を守るだけでは時代の流れに適応出来なくなるので、新しい要素を取り入れて更に発展させる必要があります。それはある意味「型破り」な行為ですが、型を破るには破るべき型を十分に身に付けていないと壊す事しか出来ません。

例え旧日本軍の悪しき伝統であっても、記録だけでも残しておけば「この方向に進んではいけない」と学ぶ事が出来ます。守るだけ守らせて他の選択肢を与えなかったり、知らなくて良いとばかりに初めから情報を与えないのは、人を育てる事にはなりません。

 

 

タブラ・ラサ(白紙)

優れた彫刻家は、石材や木材の中に彫刻すべき己の作品の姿を見ると言います。彼らは材料を叩いて削って形を与えるのではなく、表に現れるべきものを掘り出しているのです。そしてそれは、人としての成長にも言える事です。

我々は誰かの気に入るように叩かれ、削られ、形を与えられる為に生きているのではなく、生まれ持った「自分らしさ」を自分自身の中から掘り出す為に生きています。教育とは、それが出来るようになる為の技術伝達であるべきです。

しかし、型に嵌められた経験がある者は、例え真っ当な教育を受けるチャンスに恵まれても、自分で自分を型に嵌めるような真似をしてしまいます。一旦、型に嵌められてしまうと、そこから脱却するのはとても難しいのです。

 

もし今の自分が間違った教育を受けたと感じているなら、その教育内容を打ち消して、己の精神を無垢な状態に戻さなければなりません。本当に自己を育て直し、鍛え直すには、まず歪んだ世界観を初期化する必要があるのです。

その為の手段として、自分で自分に真逆の価値観を植え付けようとする人も居ますが、大抵は矛盾と葛藤を生むだけで失敗に終わります。矛盾と葛藤の中から自分なりのスタイルを編み出すという方法もありますが、これは苦痛と困難を伴う茨の道です。

矛盾と葛藤の末に、これまで学んだ事は全て無駄であり、一切通用しないと絶望したなら話は別ですが、学んだ事やそれまでの努力に執着している内は手放す事が出来ません。執着心は正しく観察する事によって断ち切れますが、そこまで出来る人は稀です。

 

白紙に戻すとか、頭を取るという考え方は、反社会的なカルト宗教の教義にも見られます。因みに、悪徳カルトは他の団体からマインドコントロール等のノウハウを学んでいる事が多く、底辺社会の伝統と共通する部分があります。

己の世界観を初期化するのは、他人の業績や世界観を詰め込んで自己洗脳をする為ではありません。初期化と言う行為は、ただ積もりに積もった汚れや歪みを取り去る為にのみ行うべきであって、それ以上の意味を持たせるのは危険です。

心の汚れや歪みを取り去れば、人の心が本来持っている清浄さや、生まれ持った個性が現れてきます。その「自分らしさ」を大切に育てていくのでなければ、何の為に生を受けたのか分かりません。

 

世を離れ深山に籠って修行した役小角や、巨大な権力に盾突いて菩薩行を続けた行基菩薩の真似をした所で、大して得るものはありません。真似るべきは、彼らが流される事なく自分の生き方を貫き、自分なりの流儀を確立したという所です。

自己を貫く為に必要な力をつけたいのであれば、それを成し遂げた先人から学び得るものがある筈です。その偉業の中でも仏教は究極の到達点ですから、難解なのは当然です。だからこそ目指し甲斐があるのですし、辛く厳しい時にこそ、その教えが身に沁みるのです。

 

 

更新情報

性懲りもなく、またTwitterを始めました。今回は私が管理運営している別サイトの広報用兼、お遊び用のアカウントとして作成しました。悟りや毒親などの話をするつもりはありませんが、それでもよろしければフォローをお願いします。