京都のキャンプ場と唯識学について

2021年7月20日2021年風飡水宿(キャンプ), 内観冥想(サイコダイビング)

今週の動向

先日、茶柱さんが住んでいるアパートの二階に新規入居者が入ったのですが、困った事に、この入居者は入居初日から激しい騒音を出す迷惑な人物でした。私も介助の際に聞く羽目になりましたが、冗談抜きで誰かから告訴されても仕方が無いくらい煩(うるさ)かったです。

たまらず茶柱さんは管理会社に苦情の電話を入れましたが、その日はたまたま担当者が不在で対応できないと言われてしまいました。アパートの騒音トラブルなど起きて然るべき案件なのに、対応できないなどという事が許されるのかと思いましたが、そんな事を言っている場合ではありません。

とりあえずの避難先として、低料金で予約が要らないキャンプ場を探してみました。すると条件を満たす場所が京都にある事が判ったので、そこに避難しました。普段からこういう場所を抑えておけば、何かあった時も安心です。

 

ただ、急いで出発準備をした事と、キャンプ場に到着した時間帯が遅かった事もあって、焦ってテントを組み立てようとした茶柱さんはテントの骨組みを壊してしまいました。とりあえず茶柱さんには私のテントを使ってもらって、私はタープ&車中泊で一晩を過ごしました。

別にキャンプ場ではなく何処かの宿を探しても良かったのですが、宿には当たりハズレがありますし、下手をすると今後も騒音から避難しなければならなくなる可能性があったので、敢えてこういう形にしました。

準備不足とトラブルの影響で動画を撮影する事は出来ませんでしたが、キャンプそのものは普通に楽しめました。今後はそのキャンプ場を利用する事が増えるかも知れません。

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キャンプの帰り道の途中で、アパートの苦情担当者から「二階の入居者に騒音対策をするようにお願いした」という内容の電話が来ました。そのまま私も茶柱さんのアパートに行きましたが、確かに以前とは比べ物にならないほど静かになっていました。

しかし、茶柱さんの部屋は「邪氣」が溜まりに溜まっていて、少々危険な状態になっていました。ただでさえ茶柱さんは鬱病や将来不安のせいでネガティブな事を考えがちなのに、更に騒音と睡眠不足のストレスが加われば、こうなってしまうのも仕方がありません。

部屋に澱んだ「邪氣」は情緒不安定や体調不良に直結し、そして情緒不安定や体調不良は更に「邪氣」を澱ませるという悪循環です。その悪循環を断ち切る為に、軽く部屋の掃き掃除をした後、私が愛用しているジッポライターで部屋の四方を炙って浄化を行いました。

 

浄化が終わると、部屋の雰囲気がガラッと変わりました。茶柱さんには部屋の状態を維持する為に、出来れば毎日ティーライトキャンドルを使ってトラタカ冥想をするように言いました。1Kの部屋くらいなら、ティーライトキャンドルでも十分浄化が出来ます。

その後、茶柱さんと今後の事について話し合いました。現在の貯金はほぼゼロに近い状況ですが、申請していた障碍者年金の受給と五年分の遡及(そきゅう)請求が確定したので、しばらくは年金とフォーユーの商品販売で暮らしていけるとの事です。

まだ人混みに揉まれると疲れてしまうし、ちょっとした事で震えが出るほど酷く傷つくのでアルバイトや再就職は無理ですが、社会復帰を諦めるつもりは無いとの事でした。そんな話を聞きながら、私は壊れたテントの補修を行っていました。

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因みに、これが現在の私の基本キャンプ装備です。修験道の開祖・役小角(えんのおづぬ)が修行したと言われる大和葛城山・金剛山でのテント登山を意識しているので、軽量化を重視したギア選びをしています。

例え一人用と言えどもテントはそれなりに重くてかさばるので、タープ&蚊帳の組み合わせにしました。タープ用ポールは使わず、登山用ストックで代用しています。タープにしているのはグラバー社のオールウェザーブランケットです。

自動車の乗り入れが出来るオートキャンプ場でテント泊をする時は、ユニフレーム社のファイアグリルのような大型ギアを使って、遠慮なく焚火を楽しみます。

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唯識学と内観冥想(サイコダイビング)

茶柱さんのアパートでテントの補修をしながら話をしていたら、唯識学や深層意識について聞かれました。何でも、過去に「いまここ塾」を主催する向令孝禅師の法話を聴いたが、どうも腑に落ちないので改めて説明して欲しいとの事でした。

唯識についてはそれぞれ解釈が分かれますし、話の主軸を何処に据えるかで説明方法が変わる上に、その説の正しさを証明する手段も無いという厄介な問題があります。一応、その場では私の理解をそのまま茶柱さんに伝えましたが、案の定、難しくて良く分からないと言われてしまいました。

私としても口頭で説明するのは難しいと思ったので、自宅に戻ってから下記の図を作成しました。この図は第六識と第七識に焦点を当てて、心理学の用語を使って説明したものです。

 

 

当サイトの見解としては、第一識から第六識までを表層意識、第七識(末那識)からは深層意識と大別しています。また、表層意識と深層意識の間には自我境界線があり、一般人は表層意識に主軸があるものと理解してください。

表層意識は人としての個別性(エゴ)を有していますが、深層意識から自己ならぬ大いなる自己(セルフ)という自己認識になります。

基本的に一般人は、思考・記憶・意識の区別すらロクに出来ない狂気的な存在状態にありますが、坐禅・瞑想などの努力によって深層意識を垣間見る事くらいなら出来るようになります。

 

第六識が第七識との間にある自我境界線を突破して、意識の主軸が深層意識に移行する事を初歩の悟り(預流果)と言います。

深層意識に意識の主軸が移行すると、肉体、五感、記憶などの個別性(エゴ)を構成する要素との融合を果たした第七識を、より高次の自己である第八識(阿頼耶識)が見ている状態になります。

こうなると自分の事が他人のように思えてくるので、自己という束縛から解放される喜びを味わえます。

 

第七識と第八識の間にも曖昧ながら境界線があり、その境界線を突破して意識の主軸が第八識に達する事を一来果と言います。それ以降は、より高次の自己である第九識(阿摩羅識)が第八識を見ている状態になります。

第八識は世界の種子である為、一来果に悟った人は世界と心の謎を解き明かし、創造主の視点を持つに至ります。

第八識と第九識の間にも曖昧な境界線が存在し、その境界線を突破して意識の主軸が第九識に移行する事を不還果と言います。その第九識に個別性の全てを還元する事を阿羅漢果と言い、それは究極の悟りであり修行の完成を意味します。

 

表層意識は多様性と可能性の世界なので、高みに昇れば登るほど複雑になっていきますが、深層意識はその逆で、深みに達すれば達するほどシンプルになっていきます。

表層意識と深層意識を隔てている自我境界線は、何らかの理由を元に一点突破する必要があるものです。そうするだけの確固たる理由さえあれば、人間ならば誰でも深層意識に主軸を移す(悟る)事が可能です。

心理的苦痛を克服して安楽の境地に至りたいという気持ちは、十分過ぎるほど悟りの理由になるものです。悟りを求めるだけの十分な理由と、自我境界線を突破する為に必要となる「内観冥想(サイコダイビング)」の技法があれば、後は本人の努力次第です。

 

内観冥想自体はそれほど難しい技法ではありませんが、表層意識の高みに昇って「個性の開花」という課題を達成するまでは、自我境界線を突破するのに必要なだけの爆発力(エネルギー)と精神力が身に付きません。

畢竟、表層意識の高みに昇れば昇るほど、深層意識の深い部分にまで届くようになり、その一連の流れを「見道(けんどう)」と呼称している訳です。

ですから、本気で悟りを求めるならば、まずは表層意識の高みに昇りつめて一個人としての完成を見る必要があります。その為の行法は色々ありますが、個人的には風飡水宿ノ行(キャンプ)によって自己成長を図るのがベストの選択だと確信しております。

 

見道は師に就かず独りで歩む道ですが、諸々の理由から内観冥想の技法のみ対面で伝授した方が良いと考えています。しかし、今は私自身が多忙なので、そうするだけの時間と体力的な余裕がありません。

内観冥想の根幹を成す「観察の妙諦」については、既にnoteの有料記事に書いてありますので、興味がおありの方はそちらをお読みください。

 

 

更新情報

序説・悟りの定義の記事を全面的にリライトしました。四向四果と唯識学をミックスさせて分かり易くしました(当サイト比)ので、よろしければ御覧ください。

序説・悟りの定義