古代の都と宮跡伝承地について

2021年神社仏閣巡り, 風飡水宿(キャンプ)

今週の動向

コロナ禍により、取材の旅に出られない日々が続いております。基本的に管理人が行く所は観光客の少ない所ばかりなので、あまり関係ないとは思うのですが、出先の人々を不安にさせても仕方が無いので、もう少しだけ大人しくしておきます。

巣ごもりの暇に飽かして日本最初の首都・藤原京や、歴代天皇の皇居について調べていたら、その凄さと面白さに魅了されてしまいました。因みに、藤原京を発案し、造営を開始したのは天武(てんむ)天皇ですが、694年に遷都したのは天武帝の妻である持統(じとう)天皇です。

天武天皇は飛鳥寺の近くにある飛鳥京(飛鳥浄御原宮)に住んでいて、遷都するまでは持統帝も同じ場所に住んでいました。次代の文武帝は持統帝の孫ですが、25歳の若さで崩御してしまいます。次代はその母である元明天皇で、710年に平城京に遷都し、藤原宮は16年の歴史を終えます。

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藤原京→平城京への遷都の後、恭仁京→難波京→紫香楽宮→平城京に再遷都という複雑な変遷があり、そこから長岡京→平安京に遷都します。平清盛による和田京・福原京の例外を除いて、平安京は1000年の都であり続け、現在は東京が日本の首都です。

首都の変遷は、天皇の宮殿の変遷でもあります。つまり、日本国においては天皇が住み、祭祀を行う場所を「京」と呼称し、首都と定めてきたのです。現在は皇居の宮中三殿で祭祀が行われていますが、藤原京から平安京までは大極殿(だいごくでん)と言う宮殿で祭祀が行われていました。

天皇は祭祀王であり、民の為に五穀豊穣を祈る存在です。宮中では年間20件近くの祭祀が行われており、全国で毎年11月23日に行われる新嘗祭(にいなめさい・しんじょうさい)は、早い話、収穫祭です。

 

因みに、日本で最初に新嘗祭(つまり天皇即位の大嘗祭)を行ったのは初代・神武天皇で、場所は奈良県桜井市の鳥見山(とみやま)山頂にある畤(れいじ)とされています。

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藤原宮が造営される前は、歴代の天皇がそれぞれの場所に宮殿を作って祭祀を行っていたので、大嘗祭や新嘗祭が行われてきた場所もまちまちです。

初代・神武帝の宮跡伝承地は大和三山・畝傍山の麓にありますし、同じく大和三山・天香具山(あめ の かぐやま)の周辺や、聖なる国見の丘である甘樫丘(あまかし の おか)、飛鳥坐神社から石舞台古墳までの飛鳥岡(雷丘)周辺にも複数の宮跡があります。

また、大神神社(おおみわ じんじゃ)の神体山である三輪山の北麓には、景行天皇や垂仁天皇の宮跡伝承地が、南麓の大和川や古代の交易場である海柘榴市(つばいち)の周辺には、三輪山に大物主命を祀った崇神天皇、仏教公伝(552年か538年)当代の欽明天皇の宮跡伝承地があります。

 

これらの宮跡では歴代の天皇が祭祀を行っていた所為か、凄まじいパワースポットと化している場所があります。これまで私が参拝した中では、一位が天香久山の北東にある御厨子神社・清寧天皇磐余甕栗宮趾、二位が志貴御縣坐神社・崇神天皇磯城瑞籬宮趾、三位が藤原宮・大極殿という感じです。

藤原宮はともかく、御厨子神社や瑞籬宮趾は参拝者が少ないので気功の修行がし易いし、特に御厨子神社には無料の大きな駐車場があるので、車中泊を前提に行動する事が出来ます。

奈良県には、まだ行った事の無い宮趾伝承地が沢山あるので、順位が変動する可能性は高いです。未知のパワースポットを探求するのは、今後の楽しみの一つです。

 

 

宮跡を呪術的視点から見る

中国の風水学的な視点からすると、東京の皇居は人口の龍穴であり、意図的に富士山からの龍脈の終点となるように設計されています。皇居とその周辺の道路は気脈そのものであり、言わば龍の血管です。ジョギングコースとして人気の皇居の外周は、実は国内有数のパワースポットでもあるのです。

私は龍脈の「氣」を理解し、その感覚を磨く為に皇居に通っていた時期があるのですが、その時は甲州街道・半蔵門交差点と、内堀通りの二重橋前交差点が「氣」の流れを掴む為の学習場所として、非常に都合が良かった事を憶えています。

皇居の東御苑は、大嘗祭が二度かそれ以上の回数行われている神聖な場所ですが、普段は一般開放されている所為か、パワースポットとしての魅力は感じません。

 

平安京は四神相応の場所に造営された天然のパワースポットですが、京都御所は警備が厳重だし、大極殿や朝堂院は石碑が残っているだけなので、これまたパワースポットとしての魅力は感じません。

長岡京は発見の石碑のみだし、難波宮は公園として拓け過ぎていて活用し難く、平城京は観光地化し過ぎています。恭仁京と紫香楽宮はまだ行っていないので何も分かりませんが、正直、あまり期待はしていません。

宮跡をパワースポットとして見るなら、やはり藤原京と、それ以前の宮跡が魅力的です。

 

皇居の宮中三殿には、歴代の天皇や皇后、皇族の霊が合祀されている皇霊殿(こうれいでん)があるそうですが、だとすると過去の都や国内に点在する陵墓や古墳は、歴代天皇陛下の存在と祭祀によって繋がっている可能性があります。

だからこそ、実在の可能性が疑われている神武天皇の陵墓が圧倒的な御神気を放っていたり、欠史八代の天皇の宮跡や陵墓からも御神気を感じたりするのでしょう。

原理原則から考えると、繋がり(通路)があるなら、出入り口や関所に相当するものもあると考えるべきであり、そしてそこには共通のパスポートがある筈です。天皇陛下が国と民の為に祈る存在であるならば、共通点は愛国心であり、シンボルは皇室の紋章である菊花紋です。

 

恐らく御神札や御神符、御守り、御神紋や御朱印、十種神宝などの特殊な図形もパスポートとして機能する筈です。その場合は菊花紋より利用の難易度は上がるものの、別の「何か」と繋がれるような予感がするので、当面は「何か」の正体を突き止める事が課題になると考えています。

ただ、菊花紋のようなシンボルを呪術的に使いこなすのは難しいし、我々日本人はアメリカと国内サヨクによる洗脳によって、愛国心を持つ事に罪悪感と恐怖心と嫌悪感を持つように仕向けられているのも問題です。

愛国心とは己を育んでくれた共同体への感謝の気持ちですから、それを持つには高い人間性が求められます。でも、高い人間性は優れた環境の産物みたいなものですし、今の日本は人間育成にとって良い環境とは言い難いのが困りものです。

 

 

焚火缶

キャンプ関連の話になりますが、とうとうDUG社の焚火缶(M/Lサイズ)を買ってしまいました。ウチには愛しの丸型飯盒があるけれど、どうしても欲しくて我慢が出来なかったんです。

今現在は、L缶で煮物を作ったり、うどんを茹でたり、L缶の蓋で餃子を焼いたりして使い勝手を確かめている所です。まだ試してはいませんが、御飯も普通に炊ける筈です。蓋のフライパンで焼きものをするとくっつきやすいのが問題ですが、そこはホットサンドメーカーを使えば良い話。

率直に言って、自宅の調理器具を全てキャンプギアに変えても、殆ど問題無さそうな感じです。

https://ideadragon.tumblr.com/post/651025275966111744/%E3%81%A8%E3%81%86%E3%81%A8%E3%81%86dug%E7%A4%BE%E3%81%AE%E7%84%9A%E7%81%AB%E7%BC%B6%E3%82%92%E8%B2%B7%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%97%E3%81%BE%E3%81%A3%E3%81%9F-%E4%B8%80%E6%9E%9A%E7%9B%AE-%E7%AE%B1-%E4%BA%8C%E6%9E%9A%E7%9B%AE-%E7%AE%B1%E3%81%A0%E3%81%97

 

 

焚火缶を焚火で使うと、こんな感じに育っていくようです。・・・くうぅ、たまんねぇなぁ。

 

 

更新情報

コロナの所為で取材の旅に出られないので、なるべくこちらのサイトの記事を更新するようにしています。藤原京や飛鳥寺だけでなく、曹洞宗の三大本山や、黄檗宗の記事もありますので、気が向いたら見てやってください。因みに、臨済宗の大本山は入れない所が多いので、記事にし難いです(涙)