騒音による転居とその準備

2021年5月28日2021年騒音被害

今週の動向

伊勢菊理なる偽覚者に騙されて、暴言と暴力で心身共にボロボロにされた挙句、全財産を巻き上げられて鬱病を患ってしまった茶柱さん。心療内科に通えばドクターハラスメントに遭い、B型作業所に通えば雑な扱いを受け、今はアパートの騒音に悩まされています。

先月に入居してきた上階の迷惑者は、相も変わらず激しい騒音を一晩中出し続けています。何度も管理会社のコールセンターに連絡して、終いには警察にまで来てもらったのに、騒音のレベルは一向に下がりません。

茶柱さん曰く、上階の居住者は徹底的にしらばっくれているそうです。管理人は「そんな作戦が通用するものか」と高をくくっていましたが、実は割と有効な手口だという事が分かってきました。

 

被害者側は騒音で睡眠不足になりながら、騒音源を特定し、それを証明する為の証拠を集めなければなりません。しかし、加害者側はとことんバックレたり、責任転嫁をするだけで済んでしまいます。つまり、被害者側の方が負担が大きい分だけ、不利なのです。

キッチリ話を詰めていこうにも騒音の源を特定するのは困難ですし、場合によっては加害者側に生活スタイルの変更を要求しなければなりません。

しかし、生活スタイルの変更を要求する権利は誰にもないので、強制力が働きません。証拠を集めて裁判を起こそうにも、そもそも証拠となるものが集まりません。普通に考えたら、こんな不利な戦いをしたがる人は居ませんよ。

 

アパートの管理会社や警察に連絡してもすぐには解決しないし、騒音から逃れる為にホテルやキャンプ場に避難しようにも、コロナ禍でそれさえもままならない。何時また騒音が始まるのかと考えると、不安になって自宅には居られない。これは非常に苦しい状況です。

 

住居は生活の基盤です。家賃を払って安心と安全と安眠を購入していても、騒音はそれら全てを台無しにしてしまいます。しかし、騒音の加害者は社会性や常識が欠落している事が多く、自らの罪深さを認識する事さえ出来ないようです。

茶柱さんの鬱病は寛解からほど遠く、まだまだ治療に時間がかかります。当然ながら、無神経極まりない騒音加害者と戦う余力などありません。なので、今回は非常に不愉快ですが、茶柱さんが引っ越す方向で話を進めています。

ここでお金をケチって田舎の安普請なアパートを借りると、また変な居住者とカチ合う事になるかも知れないし、そうなればますます鬱病の寛解が遠のきます。なので今回は私も一緒に引っ越して、都市部のハイグレードなアパートでルームシェアをする事にしました。

 

私は関西の神社仏閣の取材を終えたら九州に引っ越すつもりなので、ルームシェアの期間は長くても一年か二年程度になると思います。でも、それだけの期間があれば茶柱さんの具合も少しは良くなる筈ですし、その間の介助やトラブルにも対処し易くなります。

転居の費用と手間は痛いですけど、何度も窮地に立たされている茶柱さんを救うには、ルームシェアしかないと判断しました。

「人生やったもん勝ち」や「ゴネ得(どく)」を地で行き、他者に甚大な被害を与える騒音加害者を許すつもりはありません。しかし、この問題だけは逃げるが勝ちのケースが多いのも事実なのです。

 

 

認知機能と社会性

茶柱さんは、上階の居住者が来てから共用のゴミ捨て場が汚くなったと言っています。曰く、ゴミ袋の縛り方が緩い所為でゴミがはみ出ていたり、ゴミ収集車が来た後にゴミが捨てられるようになったり、ゴミの捨て方を間違えていたりと、とにかくメチャクチャなのだとか。

社会性が欠落している人達は、悪い環境の影響から歪(いびつ)な価値観を持つに至ったり、生まれつき脳の認知機能に問題があって物事を歪んだ形で認識している場合があります。上階の居住者も何らかの問題を抱えている可能性があり、それが騒音やゴミの捨て方に現れているのかも知れません。

普通に考えればアパートの一室に仲間を呼んで騒げば周囲に迷惑がかかる事くらい分かりそうなものですし、ゴミの捨て方が分からないならネットで調べれば良い話です。でも、たったそれだけの事もしないし、出来ない人が居るのです。

 

酷く見下した言い方になりますが、上階の居住者は事の善悪を判断したり、他人にとって迷惑という事が理解出来ないのではないかと考えると、すっと腑に落ちるものがありました。

この話を茶柱さんにしてみると、確かにそうだ、少しだけ気が楽になったと言いました。しかし、どう考えても上階の居住者とは共存など出来ませんし、証拠を集めて「二度と騒音を出さない」と確約させたとしても、茶柱さんが心底から安心する事は無いでしょう。

上階の居住者を直ちに強制退去させられるなら話は別ですが、残念ながらそれは無理な話ですし、話し合いで自主的に退去してもらえる可能性もゼロに等しいと思います。しかし、私と茶柱さんも毒親と発達障碍の二重苦を背負っているのに、この違いは何なんだろう・・・。


 

 

更新情報

もう季節的に車中泊の旅は暑くて無理ですし、コロナの所為でキャンプにも行けないので、精力的に水波の隔て(すいは の へだて)の記事をUPしています。この変なサイト名は「神と仏は水波の隔て」という、神仏習合の本質を意味する言葉からいただきました。

学説的には間違っているかも知れませんが、個人的には神仏集合は西暦552年(538年説もある)の仏教公伝と同時に始まって、聖徳太子が模索し、天武天皇が大枠を作り、役小角が基本となる形を作ったと考えています。

日本の宗教は1000年以上も神仏習合の時代が続いたのに、明治時代の神仏分離令と、戦後のアメリカ支配によって、統合性が無くなってしまいました。寺と神社では礼拝作法が異なるようになり、神仏習合時代の権現様の神社では、どう礼拝すれば良いのか分からなくなっています。

 

とは言え、個人の力だけで神仏分離の前の状態に戻す事など出来ませんし、分離令が出る前の神仏習合が大正義だったかと言うと微妙だったりする訳です。私はこの疑問への答えを求めて、日本各地の神社仏閣を巡り始めました。

神社仏閣巡りをするうちに、参拝者の中にはマナーの悪い人も居る事が分かってきました。鳥居を潜る時に礼をしないとか、手水舎の柄杓に口をつけて水を飲むとか、大声で騒いだり、延々と駄弁って神聖な雰囲気を壊してしまう人が結構居るのです。

日本人ならまだ注意のしようもありますが、外国人観光客はマナーなど知らなくて当然です。マナーについて書かれた英語の看板もありますが、殆ど誰も見ていません。ならばどうすれば良いのか?

 

それらの疑問に対する私なりの答えが、水波の隔てというサイトなのです。あのサイトにはルールやマナーのページがあるので、サイトの知名度が上がれば上がる程、神社仏閣におけるマナーの向上に貢献する事が出来ると言う寸法です。

2021年5月28日2021年騒音被害

Posted by 清濁 思龍