平城京とレイキのセカンド・ディグリーについて

2021年神社仏閣巡り, レイキ(靈氣)

今週の動向

奈良時代の首都の一つ、平城宮跡歴史公園(へいじょうきゅう あと れきしこうえん)に行ってきました。奈良市内という立地の所為か、藤原宮の跡地とは違って様々な施設があるので楽しみながら勉強する事が出来ます。

年代的には平城京と藤原宮は殆ど変わらないのですが、設備投資額にはえらい差があると感じました。立地的に扱いが悪くなるのは仕方がないのか、残っている資料が少な過ぎて如何ともし難いだけなのかは分かりませんが、ちょっとばかり藤原宮が可哀想になってしまいました。

藤原宮という日本最初の首都の構想を立ち上げたり、日本書紀や古事記(記紀)の作成を命じて日本の国体と宗教の原型を作ったのは天武天皇です。シルクロードの終着点にしても、大和川付近にある欽明天皇の金刺宮と考えるべきなのに、何故こうも飛鳥地方が軽んじられているのでしょうか・・・。

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レイキの伝授について

約一年ほど前に、某ヒーリング・サロンの先生にレイキのファースト・ディグリー(初伝)を伝授していただいたのですが、今回のセカンドディグリー(奥伝)も同じ先生にお願いしました。まだ確定してはいませんが、サード・ディグリー(神秘伝)も同じ先生にしていただく予定です。

この先生は「氣」を読む事に関しては相当な実力を持っていて、ヒビキや病線が分かるだけでなく、霊視やオーラ視みたいな事も出来る方です。でも、生まれつきの霊能者ではなく、レイキのトレーニングによって後天的に能力が開花したと仰っていました。

伝授の前に軽くレイキ・ヒーリングをしていただいたのですが、その際に心身の疲労で内臓が弱っている事を指摘されたり、「大量の武器を背負っているイメージが見えた、一体何と戦っていたのか?」と尋ねられたりしました。

 

そこまでズバリ言われてしまったら白状する以外に無いので、茶柱さんが騒音に悩まされていた事や、転居の手続きと介助のダブルパンチでヘロヘロになった事を正直に伝えました。そして、何故そういう事が分かるのかと尋ねたら、レイキによるシンクロだという答えをいただきました。

曰く、レイキの感度には個人差があるけれど、レイキを送る事で相互のパイプが出来るので、リーディングが出来る人には情報が筒抜けになるのだとか。とは言え、得た情報はイメージという形でしか伝わらないので、基本的に悪用が出来るようなものでは無いそうです。

こちらとしてはリーディングされて困る事など何も無いですし、可能ならば私もリーディングをする側に立ちたいので、技法についてのヒントを得られたのは大きな収穫だったと思っています。

 

リーディング&ヒーリングの後に、奥伝であるシンボル&マントラ×3の伝授と、それを使えるようにアチューンメント(適合)をしていただきました。その理についてはまだ良く分かりませんが、シンボルとマントラを用いる事でレイキの出力が上がったり、出来る事が増えたりするそうです。

個人的には第二シンボルとマントラによる精神面のヒーリングに興味を持っており、これによって茶柱さんが過去のトラウマを克服する事が出来るなら、伝授の料金など安いものだと考えています。

先生が言うには、シンボルの書き方やマントラの唱え方は割と融通が利くようで、大抵の場合、自然とその人に合った形に変化していくものだと仰っていました。また、シンボルの意味やマントラの発声に気を使うより、日々の修行によってそれらが不要となる境地に達する方が大事なのだとか。

 

伝授の後に、自宅で第一シンボルとマントラを使ってみましたが、シンボルの描き方やマントラを忘れてしまったりで、なかなか上手く出来ませんでした。でも、約30分ほど練習してみたら、まず間違える事はなくなりました。

何でも要領が分かると楽しくなってくるもので、調子に乗って第二シンボルの練習もしてみました。すると、憶えるのも難しいと思っていた複雑な形のシンボルをスラスラと書けてしまったので、不思議な事もあるものだと思いました。

更に、複雑怪奇な第三シンボルにも挑戦してみましたが、上手く出来なかったのは初回だけで、二回目以降はスラスラと書けるようになってしまいました。どういうこっちゃ。

 

また、レイキ創始者の臼井甕男氏が考案した発霊法も教えていただいたので、これからしばらく練習してみたいと思っています。練習と言っても、日課である暁天坐禅をしながら発霊法も行うという感じなので、修行のスタイルに大きな変更は無い筈です。

 

 

レイキと悟り

レイキ創始者の臼井甕男氏は「人生の目標は何か?」と思い悩んで禅の道に入り、安心立命(あんじん りゅうみょう)の境地を求めて修行に励んだものの、どうしても望む境地には至れなかったそうです。

その事を坐禅老師に相談すると「それなら一度、死んでごらん」と言われたので、死ぬ覚悟で鞍馬山に籠って断食を始めたのだとか。そして断食に入って3週間目の真夜中に、脳の中心部に強烈なエネルギーを感じて「宇宙即我・我即宇宙」の境地に達したと言い伝えられています。

臼井氏は、その時に感じたエネルギーを靈氣(れいき)と名付けて、自他の心身改善に役立てる方法や、他の人でも靈氣を扱えるようにする為の体系を作り上げました。

 

ここで問題になるのは、臼井氏が山籠りの際に得た境地を「悟り」と呼んで良いのかという事です。何故ならレイキ・ティーチャーの中には、レイキを「悟りに至る為の道」と言ってしまっている人が居るからです。

字面だけで判断すると「宇宙即我・我即宇宙」はワンネス(One ness)の同義語ですし、「今日だけは今日一日が一生である。この一瞬を、今を、一日を、大切に生きよ」という言葉も「今ここ」と同じなので、これらの言葉を発した臼井氏は悟りの境地に達していたと考える事も出来ます。

しかし、禅の修行者だった臼井氏がこれらの言葉を知っているのは当然ですし、単に気分が高揚していた所為で思わず口走ってしまった事が、図らずも後世に伝わってしまったという可能性もあります。本人が過去に何を言ったかという事だけで、悟っているか否かの判断は出来ません。

 

超能力サラリーマンとして有名だった高塚光氏のように、ある日突然、超常的な能力に開眼したり、何の予兆も無く大宇宙との繋がりを実感する人は、極稀に現れます。しかし、レイキのような治癒能力を発現したからと言って、それを以って「悟り」の証明と見做す訳にはいきません。

もし、本当に臼井氏が悟っていたなら、靈氣による治療の合間に、師から学んだ禅の教えも説いた筈です。何故なら、悟った者にとっては禅の言葉は良く整えられていて、とても使い勝手が良いものに思えるからです。

臼井氏が説いた「五戒」は良く出来ていますが、そこに「悟りの成分」は含まれていません。敢えて「悟りの成分」を抜いた可能性もありますが、禅を学んでいた臼井氏がそこまでして「悟りの成分」を抜こうとする理由が分かりません。

 

人生問題に悩む所から悟りに至るまでの大変さを知っているからこそ、敢えて「悟りの成分」を排除したと考える事も出来ますが、文献を見る限りでは、そのような思考を読み取る事は出来ませんでした。

個人的には、臼井氏が悟りを体験したとは考えていませんが、彼がヒーリング能力を獲得したのは間違い無いですし、それを体系化して再現性を持たせる事に成功したのは、非凡としか言いようがありません。

悟りという現象の性質からして、レイキの伝授や修行によって悟りに達する人が出てくるとは思えませんが、忙し過ぎる現代人が伝授によって得られる恩恵は計り知れません。

 

修験道の山岳修行には、霊山の「氣」を体内に取り込んで一体化するという大きな目的があります。そこまでしなくても、人里離れた大自然の中に住めば、全身で自然の「氣」を吸収しながら生活する事が出来ます。

そのような環境に居れば、心身共に健康になったり、霊能力が発現し易くなったりするのですが、残念ながら一般的な会社員には叶わぬ願いです。出来る事と言ったら、休憩時間や休日などに緑を満喫する事くらいでしょう。

しかし、レイキの伝授をしてもらえば、いつでも宇宙と繋がってレイキを降ろす事が出来るようになります。シンボルやマントラにしても、慣れてしまえばどうという事はありません。

 

例えるならレイキは無色透明の水のようなものなので、少々感覚を掴むのが難しい部分はあります。その場合はレイキを丹田に降ろして、意識と呼吸で練り上げて生命エネルギーに変換すると、まるで水に色がついたかのように分かり易くなります。

また、レイキとパワースポットが発する「氣」は性質が近く、ただ受けただけではそのまま体の外に流れ出ていってしまい、体内に留まる事はありません。いくらタンパク質を摂っても、運動しなければ筋肉が太くならないのと同じです。

自然の「氣」を外氣(がいき)とするなら、体内の「氣」は内氣(ないき)です。内氣を強化するには、外氣を吸収して意識と呼吸で練り上げるか、規則正しい生活と禁欲によって高めた内氣を、意識と呼吸で練り上げなければなりません。その練り上げる作業を、気功や、丹田呼吸と呼ぶのです。

 

では、気功や丹田呼吸をすれば悟れるのかと言うと、残念ながら事はそう単純ではありません。しかし、練り上げた「氣」は決して本人を裏切る事なく、坐禅や見道といった悟りの修行を支えてくれます。そういう意味では、レイキが悟りへの道に通じると考えても間違いではないでしょう。

 

 

更新情報

レイキを伝授してもらえば、優れた氣場を求めて旅をする必要は無くなります。しかし、神社仏閣巡りは普通に好きですし、こちらのサイトの記事を書くのも楽しいので止められません。まだまだ記事数は少ないですけど、よろしければ見てやってください。