自己肯定感と存在不安について

2021年12月7日2021年風飡水宿(キャンプ), 内観冥想(サイコダイビング)

今週の動向

いつものキャンプ場で、ソロのデイキャンプをしてきました。今回は「重たい手斧の代わりになるものを探す」というテーマがあったので、愛用の円空刀と、ホームセンターで買った「平タガネ」を持って行きました。円空刀はともかく、平タガネは当初の思惑とは違って使いにくいのなんのって。

また、この日はかなり風が強かったです。最初はタープを「Aフレーム」という屋根のような形で張っていたのですが、何度かタープが吹き飛ばされそうになったので、途中で「変形の垂直張り」に変えました。それでも風を受けてパラシュートみたいになってましたけど(笑)

茶柱さんは就労支援センターに通い始めたので、今後はソロ・キャンプをする機会が増える筈です。来週は今年最後のデュオ・キャンプをする予定になっているので、それはそれで楽しみです。

https://ideadragon.tumblr.com/post/669272319228788736/%E5%BC%B7%E9%A2%A8%E3%81%AE%E4%B8%AD%E3%81%A7%E3%83%87%E3%82%A4%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%97-%E4%B8%80%E6%9E%9A%E7%9B%AE-%E6%9C%80%E5%88%9D%E3%81%AF%E5%B1%8B%E6%A0%B9%E5%9E%8B%E3%81%AB%E3%81%97%E3%81%9F%E3%81%91%E3%81%A9%E9%A2%A8%E3%81%A7%E5%90%B9%E3%81%A3%E9%A3%9B%E3%81%B3%E3%81%9D%E3%81%86%E3%81%A0%E3%81%A3%E3%81%9F

 

 

いつものまとめ動画です。今回は強風への対応で忙しく、動画の撮影まで手が回りませんでした。我ながら動画の腕前がなかなか上がらなくて困っていますが、続けなければ上達しないので、もうちょっと頑張ってみます。

 

 

プチ修羅場

我ながら情けない話ですけど、私が茶柱さんに余計なアドバイスをした所為で、少々困った事になりました。これまで茶柱さんには慎重に物申してきましたが、今回は話の中に私自身の希望や欲求が混ざっていたので、迂闊にも茶柱さんのメンタルを読み違えてしまったのです。

とは言え、他人の心の中に埋まっている地雷を正確に把握する事など不可能ですし、地雷を踏む事を恐れて無難な事しか言わなくなれば、ウンウンと話を聞くだけのカウンセラー達と同じか、それ以下の存在にしかなれません。

私の長所や特技を活かそうと思ったら、カウンセラーでは無く、アドバイザーにならなければいけません。カウンセラーとは違って、アドバイザーはリスクを伴う踏み込んだ発言をしなければならないので、ある程度はこういったトラブルを覚悟する必要があります。

 

アドバイスの本質は干渉(かんしょう)です。対話を通じて相手の考え方や行動を変えようとしている訳ですから、アドバイスをする場合は、まず相手の同意を得る必要があります。でも、同意が得られたからと言って、某占い師よろしく暴言を吐いても構わないという事にはなりません。

メンタルの問題で悩んでいる人の中には、誰かから叱咤激励されたり、厳しい試練を与えてもらわないと「自分は変われない」と思い込んでいる人が居ます。でも、そういう依頼心の強い人と、某占い師のように平気で他者に干渉する人との出会いは、悲劇しか生みません。

普通の人ならトライ&エラーを繰り返しつつ、どうしても分からない所は詳しい人に聞いて、地道に成長していこうと考えます。しかし依頼心の強い人は、いきなり他人に「私を一から鍛え直してください」と頭を下げたり、自ら望んで主従関係を結ぼうとするのです。

 

茶柱さんにも若干この傾向があって、私も過去に何度か「厳しい事を言ってくれ」と頼まれた事があります。もちろん厳しい事などは言いませんでしたが、その代わり「依頼心は自信の無さが原因だから、まず自信をつけなければいけない」という話をしました。

そうなれば当然「どうすれば自信がつくのか?」と言う話になる訳ですが、発達障害や毒親持ちなどのハンディキャップがある人には、これが実に難しい。何せ、どう努力しても出来ない事がある上に、最も大切な人達である親や家族から全てを否定されて来たのですから、一筋縄では行きません。

実際、茶柱さんなりに心が砕ける寸前まで頑張ったのに、喉から手が出るほど欲しかった親からの愛情や自信は手に入らなかったのですから、そりゃ鬱病にもなりますよ。

 

 

自己肯定感と存在不安

自信についての話をし始めると、必ず「自己肯定感」の話になっていきます。何故なら、この二つはセットだからです。真っ当な家庭に生まれれば親から自己の全てを受け入れてもらえるので、ワザワザ自己肯定などするまでも無いですし、当然の事ながら「存在不安」を感じる事も無いでしょう。

でも、毒親は「オマエなど居なくなってしまえ!」という凶悪なメッセージを送ってくるので、その子供は強い存在不安を覚えてしまいます。存在不安を感じた子供は、何をやっても自己肯定感など持てません。何せ、自分にとって最も大切な人から、己の存在を否定されているのですから。

この場合は自分の存在を否定した毒親のダメっぷりを観察して、「オマエ如きに存在を否定されても痛くも痒くも無い」という状態に持って行くのがベストです。誰だって心の底から「コイツはダメだ」という事が分かれば、何も期待しなくなりますからね。

 

ただ、そこまで話を持っていくのが本当に難しいんですよ。何故なら、愛情飢餓に悶え苦しんでいる最中は、理性では愛される可能性がゼロと分かっていても、感情が全く納得してくれないからです。どんなに親に対してNOを突き付けても、必ず僅かな期待が残ってしまうのです。

因みに、カウンセラーにこの手の話をすると「ウンウン辛かったね」と話を聞いてくれますが、自身が依存の対象になる事を恐れて一定の距離を取ろうとしてきます。

アドバイザーにこの手の話をすると「これからは自己肯定感を高める努力をしていきましょう」みたいな事を言い始め、大抵はポジティブ・シンキングの押し付けが始まります。

 

尤も、最近は社会全体に鬱病への理解が広がり始めていますし、ポジティブ・ハラスメントという言葉も出来たようなので、考えの押し付け自体は減っていくと思います。

でも、存在不安を根治させる治療法や、愛情飢餓を満たし切る為の方法論は、まだ確立していません。斯(か)く言う私自身も、この二つの病を正攻法で克服する事が出来なかったからこそ、悟る羽目(?)になったのですから。

悟ると「元より自己など存在していなかった」とか「愛情など所詮は分別心が生み出す虚妄だ」という事が体感として分かるので、それこそ一瞬で病が根治します。理性的にも感情的にも完全に納得するので、もう二度と存在や愛の問題で悩む事は無くなります。

 

仏教は悟りの見地からものを言っているので、存在や愛の問題を根底から突き崩し、二度と成り立たなくなるような教えを説いてきます。ある意味では不吉ともとれる「無」や「空(くう)」などの教えにしても、苦悩にも実体は無いという事を見抜きなさいという意味で説かれているのです。

本気で悟ろうと思ったら大変ですけど、仏教を学びつつ生きていくだけなら、それほど大変ではありません。別に戒律を守って教学を学べば悟れるという訳ではないし、いくら坐禅や念仏をしてもそれだけでは悟れないのですから、手始めに向禅師の動画を見る事から始めてみましょう。

 

今はまだ私自身が未熟者なので、自分の修行を優先しなければいけませんが、いつかキャンプ場で焚火を囲みながら、読者のみなさんにカウンセリングやアドバイスをする事が出来るようになれば良いなと思っています。

自分で言うのも何ですが、毒親持ち→自己成長→悟りまでの道筋を説明出来る人間は滅多に現れません。それに、今この瞬間も発達障害&毒親の二大ハンディキャップで苦しんでいる人が居る訳ですから、あまりのんびりしても居られません。

かと言って功を焦れば、私も詐欺師やカルト教祖の仲間入りですから、まずは茶柱さんとしっかり向き合って経験を積むのが肝心だと思っています。

 

もし、今まさにピンチを迎えているのに、誰も頼れなくて困っているという読者さまがおられましたら、下記リンク先のお問い合わせフォームから私宛にメールを送ってみてください。今の私でもお話を伺う事くらいなら出来ますし、お望みであればアドバイスも致します。

管理人の自己紹介

 

 

更新情報

カテゴリ・公案SSの記事をUPしました。倶胝(ぐてい)は和尚の名前で、竪指(じゅし)は指を立てるという意味です。元々、倶胝(くてい)は仏教における数の単位で、一千万とか、計り知れないほど沢山という意味で使われる言葉です。

倶胝和尚は熱心に准胝観音(じゅんていかんのんインドのドゥルガー女神)を信仰していて、暇さえあれば真言を唱えていたと言い伝えられています。准胝観音の別名は七倶胝仏母(しち くてい ぶつも)と言い、これらの事から倶胝和尚の名がついたという説があります。

禅宗は地獄も極楽も無いと説く宗派ですが、意外にも真言(マントラ)は唱えるんですよ。

私説・倶胝竪指(ぐてい じゅし)