アルコール・ストーブと性の陶冶

2022年哲学, 風飡水宿(キャンプ)

今週の動向

アメリカ発のウッドショックにより、この先、薪が入手し辛くなるかも知れないので、今回のキャンプでは敢えて焚火をせずにガスバーナーでホットサンドを作り、アルコール・ストーブ(以下、アルスト)でインスタントコーヒーを淹れてみました。

久々にガスとアルストだけで料理をしましたが、焚火よりもずっと労力が少ないので非常に楽チンでした。食事の後は何をするでもなく、ひたすらタープの中でのんびり過ごして鋭気を養いました。

ただ、あろう事か一眼カメラを忘れてきてしまったので、全ての撮影をスマフォのカメラで行う羽目になりました。ってか、キャンプの写真と動画を撮りに来ているのに、カメラを忘れてどうするんだって話ですよ。まあ、これも「発達障害あるある」なんですけどね・・・。

https://ideadragon.tumblr.com/post/675669792083083264/%E4%BB%8A%E6%97%A5%E3%82%82%E4%BB%8A%E6%97%A5%E3%81%A8%E3%81%A6%E3%83%87%E3%82%A4%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%97%E4%BB%8A%E5%9B%9E%E3%81%AF%E5%B0%91%E3%80%85%E3%81%8A%E7%96%B2%E3%82%8C%E3%81%A0%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%81%AE%E3%81%A7%E6%95%A2%E3%81%88%E3%81%A6%E7%84%9A%E7%81%AB%E3%82%92%E3%81%9B%E3%81%9A%E3%81%AB%E3%82%AC%E3%82%B9%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%81%A8%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%B9%E3%83%88

 

 

ガスバーナーはまだ良いのですが、アルストは炎が見え難いし、燃焼音もしないので、ちょっとばかり慣れが必要なギアです。特にADHDの人は注意欠陥で服の袖を焼きかねないので、慣れるまでは本当に注意しなければいけません。

フリース素材の服や毛糸などのモコモコした服に引火すると、服の表面が一瞬で燃える「表面フラッシュ」という現象が起きます。これは大変危険な現象で、年間100人前後の方が亡くなっているそうです。しかもこれは、自宅で発生した事故の数字なんですよ。

因みに、焚火用ジャケットは綿100%の製品が多いのですが、その理由は表面フラッシュが起き難い事と、化繊のように熱で溶けたり、火の粉で穴が空いたりしないからです。

 

キャンプで焚火をしようと思ったら、焚火台からジャケット類に至るまで、専門のギアを一通りそろえる必要があります。Twitterのキャンプ系アカウントを見ていると、たまに「なかなかお気に入りのギアが無くて、まだキャンプに行けていない」というツイートを見かけます。

ひょっとしたら「初心者でも初心者なりに、ギアを一式揃えていないと恥ずかしい」という心理が働いているのかも知れませんし、もしそうなら如何にも日本人らしい考え方だなぁとは思いますが、それは杞憂というものです。

日帰りのデイキャンプでも、とりあえずテントさえ張っておけば格好はつきますし、焚火ではなくガスバーナーとアルストで料理をするだけなら、それほどお金もかかりません。

 

同居人の茶柱さんもそうですが、キャンプで心身を快復させた人は意外と多いです。それもその筈で、ストレスフルな人間社会から距離を取り、あるがままに全てを受け入れる自然に還れば、我々が生まれ持つ自然良能は全開で働きます。

都市部や自宅の中とは違って、自然に近い場所で衣食住を満たそうとするのは大変です。でも、その大変さは当たり前の事ですし、むしろ都市部でなければ生活する事が出来ないという人は、人間社会に過剰適応しているとも言えます。

メンタルを病んだら、まず生活を整える所から始めないといけませんし、生活を整えるには食事から整えるのが一番です。人類の食の原点は焚火での調理ですから、そこに立ち返れば人としての本能的な欲求が満たされます。キャンプの良い所は、まさに此処なんですよ。

 

 

論理と感情

別の日に、国会図書館・関西館で「名前のない女たち」という本を読みました。いわゆるセクシー女優(AV女優)達の半生をインタビュー形式で綴った残酷物語ですが、全編かなりの鬱展開なので、人生のドン底を経験した人以外は読まない方が良いと思います。

インタビューに応じた女優達は、発展途上国のスラム並に崩壊した家庭に生まれ育ち、自力更生するだけの能力や才能にも恵まれず、福祉の手さえ届かなかった女性達です。彼女達はキチンとした教育を受けられなかったので、体くらいしか売れるものが無いのです。

因みに、男性の場合は体が売りものにならないので、暴力や犯罪行為に手を染めたり、自立する力の無い女性達を喰いものにします。ただ、AV(動画)にしても性風俗にしても、金を出す人が居るから商売が成立するのであって、買う人が居なければ他の仕事をするしかなくなります。

 

悪い環境に生まれ育つと、己のエゴを飼い慣らしたり、人格を陶冶(とうや)する術を身に付けられません。人格の陶冶とは、己の性質や能力を育成する事ですから、これをしなかった人間はエゴと感情のままに行動する事しか出来ず、いわゆる「社会性」というものが身に付きません。

社会性を獲得するには人格の陶冶が必要ですし、人格の陶冶をするには自己抑制(我慢)が必要です。しかし、ストレスフルな悪い環境に生まれ育つと、自己抑制をするだけの心の余裕を持てません。

心の余裕を持つには、まず悪い環境から抜け出す必要があるのですが、社会性の無い人間が近くに居ると抜け出せなくなってしまいます。そこで必要になるのが「自分を知っている人が居ない場所」や「人が居ない自然の中」なのです。

 

「名前のない女たち」の登場人物は、寂しがり屋で、依存的で、無気力で、だらしなくて、致命的に論理性が欠落している女性ばかりです。著者が意図的に愚かさと哀れさを強調しているだけかも知れませんが、普通に考えたらそんな女性と関わろうとする男性は居ません。

彼女達が救われるには、まず悪い男から距離を取り、少しでも論理性を高めて自力で正解に辿り着けるようになる必要があります。また、論理性は自己抑制と自己主張の源でもあるので、それを高めれば社会復帰の可能性が出て来ます。

自立支援という形で福祉の手を借りるにしても、論理性が低い人は男女共に適当にあしらわれてしまいます。脳の作りからして論理的思考は男性の方が得意ですし、女性は子育ての為に感情優位の脳を持っているので、男性が女性の論理性をサポートをしてあげるとバランスが取れるようになっています。

 

感情の豊かさを獲得した男性と、論理性を獲得した女性が、人間としての完成形です。そうなるには男性が女性に学び、女性が男性に学ぶ必要がある訳ですが、論理性の無い粗暴な男性や、感情的でヒステリックな女性と付き合っても得るものはありません。

男女双方とも、まずは社会的・精神的な自立を果たして、孤独を楽しめるようにならないといけませんし、その環境は人間社会の中にでは無く、自然の中に求めるべきだと思います。

 

 

更新情報

カテゴリ・毒親と発達障害の記事をリライトしました。大雑把に言うと、機能不全家族の出身者は、まず食生活から整えようという内容です。

また、風飡水宿(ふうさんすいしゅく)の記事もリライトしました。ソロBBQの前に、100均で揃うギアだけを使う「アルスト・ハイキング」を加えました。これでキャンプまでの敷居がグッと下がる筈です。

今回から修道記のUP時間を土曜のPM9:00に変更します。よろしくお願いします。