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坐禅と味噌

手前みそ

昔の禅寺では、自家製の味噌を作ることが珍しくありませんでした。味噌は修行僧たちの日々の食事を支える大切な保存食であり、雲水は作務の一環として食材を仕込み、保存し、調理していました。

味噌の起源は古く、中国大陸の大豆発酵食品である「豉(し・くき)」や「醤(ひしお)」との関係が指摘されています。

日本では701年の大宝律令に「未醤」という記録があり、平安時代には味噌という名称も登場します。現在の味噌に至るまでには、日本独自の発酵文化の発展があったと考えられています。

 

 

興味深いのは、一休寺納豆や、大徳寺納豆などの、禅寺に伝わる寺納豆(てら なっとう)です。これらは一般的な糸引き納豆とは異なり、中国の豆豉(どうち)に近い、大豆を麹菌と塩で発酵・熟成させた食品です。

 

 

鎌倉時代には粒状の味噌をすり鉢ですり潰した「すり味噌」が作られ、味噌汁の普及にも関係したとされています。禅寺は仏教の修行だけでなく、食文化や調理技術を伝える場所でもあったのです。

味噌が普及した室町時代から戦国時代にかけては、汁講(しるこう)が盛んになりました。これは主催者が味噌鍋と酒を用意し、客人は各自で飯を持参して、一緒に食事を楽しむというものです。いわゆる「鍋パ」ですね。

当時は各家庭で味噌を仕込んでいたため、汁講は自家製味噌を披露する機会でもありました。家庭ごとに異なる味噌の味を楽しみ、料理を褒め合いながら親睦を深めていたのでしょう。

 

 

自分で仕込んだ味噌を自慢する「手前みそ」という言葉も、こうした時代の食文化を思い起こさせます。

 

味噌汁と言えば、ワカメと豆腐、ネギと豆腐と言った定番の組み合わせを連想するかも知れませんが、豚汁や、けんちん汁のような具沢山の汁物や、味噌ラーメンのスープを鍋に転用するのも面白いです。

甲州名物の「ほうとう」にしても、麺を入れる前はカボチャ入りの具沢山味噌汁ですからね。ほうとうは私の大好物で、勘助辛味噌や、すりだねをドバッと入れて、激辛味噌鍋にしてからいただいています。

また、味噌汁に小麦粉を水で溶いた水団(すいとん)を入れたり、蕎麦粉を湯で練った蕎麦掻き(そばがき)を入れても美味しいです。闇鍋よろしく余り物を適当に入れてみても、それなりに食べられるものが出来ますよ。

 

 

ちなみに、管理人は三河の豆味噌・赤だしが大好きで、味噌汁には南蔵商店(みなみぐら しょうてん)の豆みそを使っています。この味噌の良い所は、伊豆大島産の伝統海塩「海の精」を100%使用している所です。

 

 

南蔵商店のオンラインショップは、こちら↓

豆みそ | みなみぐらショップ

 

 

坐禅の豆知識
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