私説・徳山托鉢(とくざん たくはつ)

 

これは遙か昔、中国大陸での話である。ある日、高名な老僧Aは、一日中托鉢(たくはつ)の修行をしていた。托鉢とは、布施するも無心、それを受けるも無心、お互いに執着の心を離れて功徳を積み合う大切な修行だ。

托鉢を終えた老僧Aは、寺で食事をしようとした。その時、僧Bの弟子である僧Cが「そこの老人、まだ鐘や太鼓(禅寺では食事の合図として使われている)も鳴っていないのに、何処に行くのか!」と問い質した。すると僧Aは何も言わず、自分の部屋に戻ってしまった。

僧Cは、この事を師である僧Bに告げた。僧Cは、僧堂の決まりも知らない愚か者と僧Aを侮った。すると僧Bは「かの老僧は金剛般若経の権威であり、痛棒の指導で有名な御方だ。だが、未だに自身の境涯を表す究極の一言(末後の句)を得るには至っていないのか・・・」と嘆息した。

この事を耳にした僧Aは、使いの者に言って僧Bを喚び、問い質した。

 

 

僧A「お主は、このわしの境涯を疑うのか?!」

僧B「いえ、境涯を疑っている訳ではございません。」

 

 

僧A「ならばどういう事か。」

僧B「他にもやり方はあると申したいのでございます。」

 

 

僧A「ふむ、やり方とな?」

僧B「はい。人は理由や説明を求めるものでございますゆえ。」

 

 

僧A「そんなものは不要じゃ。理屈で真理に到達できるなら世話は無い。」

僧B「確かに。しかし、出来の悪い者にはキチンと説明をしないと勘違いを致します。」

 

 

僧A「言葉で表現できないものを、言葉を尽くして説明しても、勘違いしかせんじゃろう。」

僧B「そこが悲しい所ですな。」

 

 

僧A「むしろ詳しく説明すればするほど、本質からはズレてゆくものじゃ。」

僧B「はい。左様ですな。」

 

 

僧A「だから、わしは棒を用いる。金剛経も捨てた。」

僧B「存じております。」

 

 

僧A「お主の弟子は、鐘や太鼓に囚われて、合図で動く事が正しいと思っておる。不自由な事だ。」

僧B「私めの指導力不足にございます。」

 

 

僧A「わしの弟子なら棒をくらわせている所だが、それは勘弁してやった。」
僧B「お慈悲に感謝致します。」

 

 

僧A「お主の所と、わしの所では、やり方が違う。ならば叩けば良いという事にはならぬ。」

僧B「はい。」

 

 

僧A「何か間違っておるか?」

僧B「何も間違ってはおりません。」

 

 

僧A「お主のやり方に合わせて、キチンと説明した方が良かったか?」

僧B「はい。おかげで私の弟子は、本物の導師を偽者と勘違いしてしまいました。」

 

 

僧A「それでも、叩きはせんのだな。」

僧B「叩いても、分からない者には分かりませぬゆえ。」

 

 

僧A「そこは本人次第じゃな。分からんでも見捨てたりはせんが。」

僧B「はい。当方も弟子を見捨てるつもりはありませぬ。」

 

 

僧A「・・・何も言わなかったからこそ、逆に偏見を強めてしまったという事か。」

僧B「どのように説明した所で、勘違いをしていたとは思いますが。」

 

 

僧A「わしもただ叩けば良いとは思っておらぬ。だが、敢えて何も言わぬし教えもせぬ。痛棒をくらえば、次は回避しようと工夫する。全ては自分で気づくしかないものじゃ。」

僧B「左様でございますな。しかし、愚かな者は叩かれた事を恨みますし、つまらない事で他人を侮ります。」

 

 

僧A「求道心も何もあったものではないな。」

僧B「そういう者が居るのも事実でございます。」

 

 

僧A「わしの門下に、そんな愚か者は居らぬ。叩かれる事を恐れて寄り付きもせぬ。」

僧B「存じております。」

 

 

僧A「お主は何故、愚か者まで受け入れておるのだ?」

僧B「私が受け入れねば、愚か者は何処までも堕ちていきますゆえ。」

 

 

僧A「そういった輩に振り回されては、本物の修行は出来んのではないか?」

僧B「本物の修行に耐え得る者は、そちらに紹介させて頂きます。」

 

 

僧A「愚か者と言えども、いつまでも愚かとは限らないという事か?」

僧B「そのように期待しております。」

 

 

僧A「わしの指導は仏心まるだしの体当たりが身上じゃ。この方針を変えるつもりは無い。」

僧B「結構にございまするな。ですが、少々お耳を・・・。」

 

 

そして僧Bは、僧Aの耳元で「やってみると、対機説法も面白いものですよ」と言った。

 

 

それまでの僧Aの説法は、聴く者を厳しく諫めるような内容ばかりだった。しかしその日を境に、機知に富み、分かり易くユーモアに溢れる説法が増えていった。硬軟織り交ぜた説法は面白いと評判になり、僧Aの名声は更に高まっていった。

それを知った僧Bは「めでたきかな! かの老師は融通無碍・自由自在の境地に至り、形無き究極の一言(末後の句)得た。これで誰もが老師を認めるようになるだろう」と言って、手を叩いて喜んだそうな。

 

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無門関とは 無門関とは、中国臨済宗・楊岐派の僧侶である無門慧開(1183~1260)によって編纂された、公案問答集の事です。第48則までありますが、その理由は不明であり、公案の難易度順にもなっていません。 (function(b,c,f,g...

 

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