必要に迫られての断捨離
管理人は発達障碍(ADHD)なので基本的に整理整頓や掃除が苦手ですし、仮に部屋がゴミだらけになっても必要最低限のスペースさえ確保出来ていれば気になりません。その特性の影響で、会社員時代は寮の自室をゴミ屋敷にしてしまいました。
寮から引っ越す時に自室を片付けましたが、それは思い出すのもイヤになるほど大変な作業でした。何せ自室には、約15年分のゴミが蓄積していましたから。
物が増えるほど部屋が汚くなるのが道理ですから、それ以来、物を買うという事に対して慎重になりました。食器や調理器具は必要最小限にして、衣類は流行り物を避けて長く着られる物だけを買う事にしました。
本や音楽CDの類は、PCの外付けハードディスクにデータ入力する事で解決しました。これなら音楽用のコンポも必要なくなるので、一石二鳥です。本については、流石に絶版本や廃版本を手放す事は出来ませんが、それ以外の本は図書館に寄付しました。
調理器具はキャンプ・ギアで統一し、食器は応量器と箱膳のみ。寝具は単布団とシュラフ、衣類は作務衣(冬)と甚兵衛(夏)だけにして、他のものは全て捨てました。人と会う時は自宅に招かずに、行きつけの店に連れていきます。
ここまで徹底すれば、部屋は汚くなりようがありません。
塵を払い、垢を除かん
部屋にある物が多ければ掃除は大変になり、少なければ楽になります。無駄を削ぎ落とした機能的な部屋は美しいものですし、不思議と部屋が汚いままだと何かに挑戦しようという気も起きません。
思うに「愚か過ぎる仏弟子」として有名な周利槃特(チューラ・パンタカ)は、発達障碍だったのかも知れません。ADHDは耳で聞いた事を理解するのが苦手ですし、当時の仏教は全て口伝だったので、もし本当に発達障碍なら相当に生き辛かった筈です。
釈迦世尊は「塵を払い、垢を除かん」と唱えながら掃除・清掃に従事させる事で、彼を悟りに導いたと言われています。恐らく周利槃特は聞き取りやマルチタスクは苦手でも、深く考える事は出来るタイプの人だったのでしょう。
「何が塵で、何が垢なのか。何が必要で、何が不要なのか。何が真実で、何が虚偽なのか。何を求め、何を捨てるべきなのか・・・。」恐らく周利槃特は掃除をしながら、こういった事を徹底的に考え抜いた結果、悟りに達したものと思われます。
何処か他人とは違うとか、他人が当たり前にしている事が自分には出来ないとか、人知れずそういった事で悩み苦しむ人は居るものです。しかし、マイノリティだからこそ、独自の世界観や境地を作り出せるという面もあります。
掃除が苦手なタイプの人は、周利槃特に倣って「塵を払い、垢を除かん」と唱えながら、一心に掃除・清掃に従事してみてはいかがでしょう。
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