私説・婆子焼庵(ばす しょうあん)

2019年9月4日古則公案・SS

 

むかしむかし、ある所に、婆さま(仏教マニア)と器量よしの娘(28歳)が一緒に暮らしておったそうな。婆さまは、ある坊さんを見込んで20年ほど面倒を見てやり、自宅の離れに庵まで建ててやったそうな。

ある日の事じゃった。婆さまは、いつものように僧侶の食事を娘に運ばせようとしたが、ふと、坊さんの修行がどれほど出来ているかを試してやろうと思った。婆さまは「これおめぇ、ちょいと話がある」と娘を呼び止めて、耳元で何やらつぶやいた。

 

いつものように坊さんは食事を終え、娘はお膳を下げに来た。その時、娘は坊さんにひしと抱きつき「・・・ねぇ、今どんな気持ち?」と色っぽくささやいた。坊さんにはおなごと関係を持ってはならんという決まりがある。坊さんは毅然として「枯木倚寒巌 三冬無暖気!」と言い放った。これは「何とも思わないし、何も感じない」と言う意味だ。

娘は、坊さんが言った事を婆さまに話した。すると婆さまは「わしは、わしは・・・そんな事を言う奴を、長いこと面倒見ておったのか~!」と怒りだし、なんと庵に火をつけて、坊さんを追い出してしまったそうな。

むかし、むかしの事じゃった・・・。

 

 

僧「はあはあ・・・な、何て事をするんだ、気は確かか!」

婆「やっかましいわい、この俗物がぁああああ!」

 

僧「ぞ、俗物!? この私が!?」

婆「俗物でなければ、偽坊主じゃ! たわけ!!」

 

娘「おばあちゃん、ちょっと落ち着いて。何でいきなり庵に火を付けたりしたの?」

婆「それはコイツが偽坊主だからじゃ!」

僧「だから何で!?」

 

婆「ふうう・・・。貴様は、この可愛い娘に抱きつかれても、何とも思わないと言うたな?」

僧「そ、そうだ。煩悩を滅却する修行を積んできたのだから、当然ではないか。」

 

婆「ほう。貴様の言う修行とは、可愛いものを可愛いと思えなくなる事を言うのかね?」

僧「そうではない。他者の誘惑や、己の煩悩に屈しない、不動なる心を養う事を修行と言うのだ。」

 

婆「その不動心と、悟りが、どう関係するのじゃ?」

僧「煩悩の無い澄み切った心こそが、すなわち悟りの境地なのである!」

娘「ステキ!」

 

婆「それは小乗の悟りではないか!貴様は大乗仏教の禅僧じゃろうが、この莫迦者が!」

僧「え!? あ、いや、しかし清僧とは昔からこういうものと決まっていて・・・。」

 

婆「そのイメージ通りに演じていた、という事かの?」

僧「演じていたのではない、失敬な! 私は修行の結果・・・!」

 

婆「心を殺し、人としての真っ当な感覚を殺したのかの?」

僧「う・・・。」

 

婆「はあ・・・全く。煩悩の無い清浄な境地が、何も感じなくなる事である訳がなかろうに。仮にそうだとして、その不動なる心、無感覚の境地で、誰をどう救うつもりなんじゃ?」

僧「・・・(汗)」

 

婆「さあ、その清浄な境地とやらで、このわしを納得させて救ってみい。それが出来たら、また庵を建て直してやるのじゃ。さあさあさあ!」

僧「く・・・。」

娘「おばあちゃん・・・。」

 

婆「なんじゃ、偽坊主に騙されて20年も供養してきた、この哀れな老婆1人救えんのか? では、行き遅れ・・・いやさ、妙齢の娘はもっと救えんのう。

僧「・・・。」

娘「ババア、今なんつった!?」

 

婆「貴様はただのカッコつけマンじゃな。ならばまだ、娘と一緒になる方がマシというものじゃ。そうすれば少なくとも、娘に女としての恥をかかせんで済んだからの。」

僧「しょぼん。」

娘(カッコつけマン!?)

 

 

婆「よいか。貴様の庵を燃やしたのは、貴様自身の煩悩を断ちたいという欲望の炎だったのじゃ。行動の根底に薄汚い煩悩があれば、ロクな結果にはならん。この事を肝に命じておくのじゃ!」

僧「・・・・・・はい。」

娘「いや、燃やしたのアンタでしょ!?」

 

僧「しかし、女犯(にょぼん)をすれば破戒僧です! 私にはどうすれば良かったのかが、全く分かりません・・・。」

婆「貴様は、どうしたかったのじゃ?」

 

僧「え?」

婆「僧侶とか戒律とか抜きにして、本当はどうしたかったのかと聞いているのじゃ。」

 

僧「それは・・・本当は・・・。」

娘(どきっ♡)

 

婆「この娘を好いておるなら、そう言えば良かったじゃろ。そうでないなら、娘の方が諦めるより他は無い。それだけの事じゃよ。破戒?還俗?それがどうした?ややこしく考え過ぎなのじゃ。」

僧「・・・仰る通りです。」

娘(そわそわ♡)

 

僧「私は・・・娘さんの事は悪しからず思っていますが、一から仏道修行をやり直そうと思います。」

婆「ん・・・そうか。そうしたいなら、そうするがええ。」

娘(がーん)

 

僧「今は何も考えられませんが、少なくとも、このままではダメだと言う事だけは分かりました。そして、まだ私の求道心は萎えていない。」

婆「そこはわしの見込み通りだったのう。」

娘(しくしく)

 

僧「だから、私は行きます。」

婆「分かった、達者でな。そなたが道を極めんことを。」

娘「待って、あたしだけ救われてないよ!」

 

僧「私の知り合いに、独身の高身長、高学歴、高年収のイケメンが居ます。紹介しますよ。」

娘「それもっと早く言ってくんない!?」

 

婆「自分から聞けば良かったじゃろ。あまり他人をアテにするでないわ。」

娘「てへぺろ。」

 

婆「うわ、痛ったいのう~。歳を考えい、歳を。」

娘「歳のことは言うなああああああ!!」

僧「行こう。振り返るな私。さっさと行こう。」

 

 

数年後、娘は3高のイケメンと、恙(つつが)なく祝言を挙げたそうな。めでたし、めでたし。

 

出典・道樹録、折中録。

 

2019年9月4日古則公案・SS

Posted by 清濁 思龍