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私説・南泉斬猫(なんせんざんみょう)

 

むかしむかしの事じゃった。中国大陸のとある僧堂で、子猫に仏性が有るか無いかで論争が起きたそうな。この話は、とある高名な僧侶が、その現場に現れた所から始まる・・・。

 

 

師匠「さっきから騒々しいな。何を言い争っているのだ?」

有派「あ、師匠! こ奴らが子猫に仏性は無いと頑固に言い張るので、悉有仏性(しつうぶっしょう)の真理を説いてやっているのです。師匠からも言ってやってください!」

無派「師匠、良い所に! もし猫に仏性があるなら、何故に猫は猫のままなのでしょうか?修行をしなければ仏にはなれませんし、そもそも猫に修行は出来ません。私どもは、そのような生き物に仏の性質があるとは、到底思えないのです!」

 

 

師匠「ふむ、双方の言い分に理があるな。」

有派「当然です、経典に書いてある事ですから。」

無派「疑問を感じない方がおかしいです。と言うか、貴様らは本当に悉有仏性の意味が分かっているのか?思考停止してるだけなんじゃないのか?」

 

 

師匠「これ、よさんか。」

有派「仏僧は経典から学ぶものだ。なのに経典を疑ってどうする!」

無派「それを原理主義と言う!教義を形だけ憶えても仕方あるまい!」

 

 

師匠「やめろ、双方とも黙れ!」

有派「師匠! こ奴らには信心が無く、経典を軽んじております!」

無派「師匠! こ奴らには理が無く、道を軽んじております!」

 

 

師匠「やかましい! 双方そこまで言うなら、わしをも納得させ得る持論を展開してみよ!出来なければ、この猫は殺す!!」

有派「え!? ちょ・・・師匠?!」

無派「殺すって、僧侶のセリフじゃないですよ、それ(汗)」

 

 

師匠「貴様らが、わしを納得させれば済む話だろうが! ただそれだけの話ではないか! 早く言え! 言わんか!!」

有派「そんな、師匠を納得させるほどの話など、我々には・・・。」

無派「師匠、無理言わないでくださいよ・・・。」

 

 

師匠「泣き言をぬかすな! 貴様らの言う仏法とは、小猫一匹救えんような下らんものなのか?! そのザマで、人間社会の理不尽さに喘ぎ苦しむ人々を、どのようにして救ってゆくつもりだ!」

有派「うっ・・・。」

無派「ぐぅ・・・。」

 

 

師匠「・・・この猫は、生かすも殺すも叶わぬ、貴様らのなまくら仏法の犠牲になった。残念だ。」ザックリ

有派「あっ、ああああああ!!」

無派「ひ、酷い! 何の罪もない猫を、本当に殺す必要など!!」

 

 

師匠「貴様らが救えなかったのは、この猫だけではない。尊い教えを何の役にも立てる事が出来ず、今も苦しむ大勢の人々を見殺しにしている事にも気づかず、下らん論争に明け暮れている己の愚かさと罪深さを噛み締めるがいい!!」

有派「そ、そんなァ・・・。」

無派「猫を殺して言う事ですか、それ・・・。」

 

 

師匠「チャンスは与えたのだから、それを活かせなかった貴様らの責任だ。世の中には何のチャンスも与えられないままの人も居るのだぞ?! 挙句、貴様らはわしを利用し、猫を殺させ、罪を背負わせた。まず、その2つを理解せい。」

有派「つ、罪ですか・・・?!」

無派「私たちは師匠に正しい判断を求めただけで、利用する気など・・・。」

 

 

師匠「いいか、仏性が有るだの無いだのの話ならまだ良いが、世の中には勝てば栄え、負ければ滅ぶ命懸けの戦いもある。そのような闘争を止められもせず、偉そうに御高説をのたまうだけの僧侶など存在する価値が無い。そう気付く事が、猫を救う唯一の道だったのだ。」

有派「え?」

無派「救うって、もう殺した後じゃないですか・・・。」

 

 

師匠「救わねばならない猫は、他にも沢山居る。そして人間もな。生きとし生ける者、全ての幸福の為に働くのが僧侶の役目だ。しかし、今の貴様らに・・・その役目を果たせるとは到底思えん!!」

有派「・・・。」

無派「・・・。」

 

 

師匠「それとも貴様らは、なまくら仏法を振り回すだけの無駄な一生を送るつもりか?」

有派「いえ、そんな事は・・・。」

無派「無駄な一生って・・・。」

 

 

師匠「では、猛省せよ。」

有派「あ・・・。」

無派「・・・行ってしまわれた。」

 

 

(その日の夕暮れ、師匠の部屋にて。)

 

 

師匠「・・・と言う事があってな。」

高弟「そんな事があったのですか。」

 

 

師匠「いくら仏性の有無を論じても、答えなど出ない。何故なら、それは見方によってどうとでも言えるものだからだ。」

高弟「はい。」

 

 

師匠「どうとでも言える事について言い争っても仕方が無いし、下手をすると、それは終わりのない闘争に発展する事もある。ましてや信仰が絡む問題となると、お互いにエキサイトして収拾がつかなくなるものだ。」

高弟「確かに。」

 

 

師匠「キチンとした正解を出せるものなら、出した方が良いに決まっている。しかし、簡単に答えが出ない事柄については、問いそのものを打ち消したり、成り立たなくさせねばならない。それこそが智慧というものだ。」

高弟「ですね。」

 

 

師匠「一切は無であり、無であるが故に、唯一絶対の答えも無い。だからこそ何とでも言えてしまうし、捉え方次第でどうとでも評価が変わる。それを説かずして、何が仏僧か!」

高弟「・・・はあ。」

 

 

師匠「相手の意見のみならず、己の持論にも実体が無く、全ては無数にある見解の一つに過ぎないと知れば、言い争いなどしようと思えなくなる。これが正しいとか、唯一絶対だなどと思うからこそ執着心が湧いて来るのだ。確かなものだと思うからこそ、守ろうとしてしまうのだ。」

高弟「イエス。」

 

 

師匠「その末に起きるのが、闘争だ。だが、もともと無いものに執着する意味など無い。執着心は妄想の産物に過ぎず、手放すしかないものだ。だが、そんなつまらん理由で争い、時には殺し合うのが人と言う存在だ。人は愚かであり、無明の闇に囚われている!!」

高弟「Exactly (そのとおりでございます)」

 

 

師匠「・・・お前、わしの話をちゃんと聞いてる?」

高弟「もちろんですとも。」

 

 

師匠「ならば聞くが、仮にお前がその場に居合わせたら、何と言った?」

高弟(少しの沈黙の後、履物を頭に乗せて、師匠の部屋から退出してしまった)

 

 

師匠「履物を頭上に・・・? ああ、※顛倒か。わしもまた弟子達と同じく、エキサイトしていたか。やれやれ。・・・もし、あの場にお前が居てくれたなら、子猫の命も助かったものを。」

※仏教用語。真実に反する見解をもつこと。原意は「さかさまにすること」を意味する。逆立ちして周囲を見れば,実際は周囲はありのままの姿であるのに,すべてさかさまに見える。このように心がある見解にとらわれてしまうと,ありのまま見ることができず,真実を知ることができなくなってしまうことをいう。二,三,四,七,八顛倒などが説かれる。

引用・コトバンク

 

 

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古則公案・SS
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コメント

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