初めての単布団

2020年6月19日2019年座具

今週の動向

8月25日に注文した単布団が、9月3日に到着しました。価格は38800円。使い勝手によっては、これを高いと思ったり、安いと思ったりするようになる訳ですが、はてさて評価や如何に。因みに、配送は佐川急便様で、縦×80、横×80、高さ×40のデカい箱に入っていました。今回の撮影は、いつもの一眼ミラーレスではなく、スマフォで行いました。後で後悔したのはナイショです。

 

 

この日は欠けた歯の治療があったので、配達前の事前連絡をするようにお願いしていたのですが、ものの見事に連絡をし忘れてくれやがりました。帰宅後だったから良かったものの、不在だったら再配達の二度手間です。割れ物注意のシールみたいに、もっと目立つシールにした方が良いのではないでしょうか?

 

 

ダンボールから出してみました。大きなダンボールなので、捨てるのも面倒です。張り付いている封筒の中には、使用上の注意書きが入っていました。湿気と埃を取る為に、時々天気の良い日に2~3時間程度干す事、洗濯機による洗濯は出来ない事、汚れたら固く絞った布巾で速やかに汚れを拭き取る事と書いてありました。

 

 

袋から出してみました。UPしてから気づきましたが、これは横からの写真になっていますね。一番大きな長座布団が二つ折りになっていて、その上に正方形の座布団、その上に横長の座布団が乗っている状態です。先っちょが白い布になっている所があるので前後があるみたいなのですが、ぶっちゃけ良く分かりません。

 

 

長座布団を伸ばし、横長の座布団(以下、短布団)を乗せてみました。試しに寝っ転がってみましたが、フローリングだとすぐに腰が痛くなります。一時的に横になるだけなら問題ありませんが、これで熟睡するのは難しいと思いました。最低でも畳敷じゃないと、とても寝られたものではありません。

 

 

長座布団を伸ばした状態で、座布団と短座布団を全のっけしてみました。試しに坐禅をしてみましたが、腰が沈んで肚が決まりません。反っくり返るというほどではありませんが、もうちょっと高さが欲しいです。あと、この状態だと長座布団を伸ばした所が活用出来ず、スペースが無駄になります。

 

 

単布団を巻いてみました。パツパツと言うほど綿が入っている訳ではないので、こういう真似も出来てしまうのです。単布団の入ったダンボールを見た時は、これは場所を取ってどうしようもないぞとか、勢いだけでとんでもない物を買ってしまったという気持ちも少しだけあったのですが、巻ける事が分かると同時に、そういう気持ちは消えて無くなりました。

 

 

これを見て、単布団と分かる人などおりますまい。使い込んだ単布団はペタンコのセンベイ布団になっていくそうですが、それはつまり、よりコンパクトになっていくという事でもあります。そもそも長座布団を三つ折りにすれば、普通の座布団とほぼ同じサイズになるので、そんなに邪魔にはなりません。

 

 

どの程度の事まで出来るのか、試してみました。縦横の四つ折りです。正直、こんな事まで出来るとは思いませんでした。このあたりから、単布団の無限の可能性にドキがムネムネし始めました。きっとアイディア次第で、多くの使い道が生まれるに違いありません。こういうカスタマイズ性能の高いアイテムは、使いこなせない方が悪いのです。

 

 

とりあえず、本来の坐禅用の道具としての使い方を考察してみました。手始めに、鎌倉は建長寺の坐禅堂で見た、S字折りを試してみました。建長寺の単布団は使い込まれてペタンコになっていましたが、ウチのはまだ新品なので、ふわっふわの状態です。ただ、ふわふわ過ぎて坐禅を組むと腰が沈んでしまうので、あまり良い状態とは言えません。

 

 

単布団のS字折りを、横から見てみましょう。折って厚みが出た所に腰を下ろし、伸びている所に足を乗せる形になります。曹洞宗の座蒲をフローリングで使おうとすると、座蒲の下に普通の座布団が必要になります。それを単布団なら一つで済ませられるのは、結構な長所であるように思いました。

 

 

もうちょっと高さが欲しいと思ったので、短座布団を乗せてみました。この状態で坐った時、今までに無く姿勢がビシッと決まったので驚きました。体重で腰が沈み、その両脇を座布団で押さえられているような感じになるので、この上無く安定するようです。これは曹洞宗の座蒲や自作の座具ではあり得ない安定感です。素晴らしい!

 

 

座具としての使い道に問題は無い事が分かったので、今度はそれ以外の使い道を模索してみます。流石に単布団がベッドやマットレスの代わりになるとは思いませんが、一応は試してみます。まずベッドをのけて、畳マットを敷いてみました。そのまま横になってみると、畳の上なのに視線が微妙に高いという奇妙な感覚が生じました。すぐに慣れましたが。

 

 

ベッドの代わりに、畳と単布団の図。一風変わった光景ではありますが、思っていたほど寝心地は悪くありませんでした。この後、単布団をS字折りにして、その上で坐禅を組んでみましたが、もちろん問題などありません。我ながら、なかなか面白い試みだと思ったので、更に発展系を模索してみる事にしました。

 

 

収納つきベッド+畳マットの上に、単布団と座蒲と自作の座具を重ね置き、更にトレーニング・パートラで生活感を出してみました。畳マットとシングルベッドはサイズが合っていませんが、京畳(1909×955㎜)ならジャストフィットです。正に「起きて半畳、寝て一畳」の理想型ではありますが、残念ながら単布団は寝具ではありませんし、掛け布団も無い状態なので、これでは生活出来ません。

 

 

 

単布団にしても、座蒲にしても、原形は「比丘六物」の尼師壇(にしだん)にあるようです。サンスクリット語の音写なので、漢字は当て字で特に意味は無いようです。南伝・上座部仏教では今でも普通に敷物や座具として使われていますが、日本ではほぼ儀礼でしか使われなくなっているとの事です。

下の動画は、尼師壇の用法を説明している貴重なものですが、再生回数は悲しくなるほど少ないです。これだけでも、誰も尼師壇に興味を持ってないという事が分かりますね・・・。画像や動画を見る限り、タイやラオスやミャンマーの上座部の僧侶でも、普段は正方形の綿入り座布団を使う場合が増えているようです。やはり国の経済力が上がると、僧侶の持ち物も豪奢になっていくのでしょうか?

全然関係無い話ですけど、この間、浅草寺に行った時に海外の比丘達と居合せましてね。そしたら、みんな当たり前のようにスマフォを持ってるんですよ。通信料をどうやって払ってんだか分かりませんけど、あれには驚きましたねー。まあ、何かあったら困るから、寺か国が持たせたのかも知れませんけど。

 

 

上の動画で使っている尼師壇を、どう魔改造したら座蒲や単布団になるのか全く分かりませんが、それもある意味、日本らしい話です。それと無関係ではないと思うのですが、とにかく海外の僧侶達は姿勢が悪いです。日本に禅宗を伝えた中国の僧侶でさえ、猫背で坐禅しています。臍下丹田という概念にしても、中国から来たものなのに。

姿勢を正して丹田を決めるという発想が日本独自のものならば、結局は禅さえも魔改造しているという事になるかも知れません。その善し悪しを言うなら、善しと考えるべきでしょう。形骸化した伝統だけ守っていても、仕方ないですからね。そうなると、釈迦世尊の悟りと、禅の悟りは違うのではないかという疑問が湧いてきますが、それはいくら考えても分からない事なので、とりあえず横に置いておきます。

単布団は、泊まり客があった時にも急場の寝具として使えるので、ミニマリズム的な観点からしても極めて有用です。色は紺と黒がありますが、ネット上で取り扱いをしているのは、残念ながら楽天様のみのようです。

 

 

 

 

 

更新情報

カテゴリ・古則公案SSの私説・不思善悪をUPしました。分かる分からんは別として、そこそこ面白い話に仕上がったと自負しております。公案問答を好む人は多くないですし、ただ禅の先師達の話を紹介してもチンプンカンプンで面白くも何とも無いと思うので、今風のショートストーリー形式にしてみました。

飽くまでも古則公案をもとにした私説のファンフィクションや二次創作なので、祖師方の名前は使っておりません。また、この話をそのまま独参に持って行っても、透りません。でも、いい加減な事を書いている訳ではないので、読めばそれなりに得るものはある筈です。

私は小説家ではないので、なろう作家よりも酷い出来だとは思いますが、そこは精進していきますので、どうぞ寛大な処置をお願い致します。

私説・不思善悪(ふし ぜんあく)

 

2020年6月19日2019年座具

Posted by 清濁 思龍